今日という日の先に
「どうぞ、召し上がってください!」
「これはすごいな!」
食卓に並べた数々の料理を見て、煉獄さんが感心したようにそう言って笑顔を零す。
顔を綻ばせた煉獄さんは「いただきます!」と手を合わせると、これでもかというほど並べられた好物を順に平らげていく。
休むことなく箸を動かし続ける煉獄さんを、対面から見つめる。
嬉しそうな煉獄さんを眺めていると、こちらにまで笑顔が伝染してくる。
しかし煉獄さんが動くたびに解いた髪が顔にかかって食べにくそうにも見える。
「煉獄さん、髪紐⋯」
「俺は平気だ!なまえが使ってくれ」
「⋯⋯」
髪紐にかけた手を制するように煉獄さんにそう言われてはそれを突き返すこともできず。
口を噤んで少し視線を彷徨わせて何度か逡巡したあと、私はおもむろに立ち上がって鏡台まで行くと引き出しから先程の紙袋を取り出した。
その中身を掌に出してギュッと握ると、食事を続けている煉獄さんのところまで近寄って隣に座る。
「煉獄さん、これ良かったら⋯」
「ん?」
そう言って掌を開く。
少しだけ震える掌の上には、真紅の紐で編まれた髪紐。
両端に金糸雀色の小さな飾りがついている。
「これは⋯?」
驚いて食事の手を止めた煉獄さんの視線から逃げるように目を伏せる。
「煉獄さんに用意したんです、けど⋯」
「⋯けど?」
「今使ってるものもありますし、無用かなーって⋯」
本当は誕生日の随分前から暇を見つけては何度も練習を重ねて作っていたものだ。
でも誕生日が近づくにつれてどんどん自信がなくなって、ついには渡すまいと封印してしまった。
手作りは好きではないという人もいるし、持ち物にこだわりのある人もいるだろう。
必ず身に着けるであろうものを贈るなんて自分の存在を主張したがっているようなものだし、何だか重い気もするし、もし煉獄さんにそんなことを思われたら一生立ち直れる気がしない。
そう思って引き出しの奥底にしまい込んでいた。
「なまえが作ったのか?」
「⋯⋯はい」
頭上から注がれている煉獄さんの視線が痛い。
「あの、すぐ捨ててもらってい「着けてくれ」
私の言葉を遮って言われた言葉を理解できずに固まっていたら、煉獄さんがこちらに背中を向ける。
煉獄さんは今なんて言ったのだろう。
「え、と⋯」
「俺は今両手が塞がっているからな!」
チラリとこちらを振り返って煉獄さんは箸と茶碗を持った両手を見せてくる。
聞き間違いじゃなかった。
その勢いに気圧されて、おずおずと煉獄さんの髪に触れる。
自分のそれとは違うしっかりとした張りのある髪を震える指で梳きながら、煉獄さんがそうしていたように髪の上部をまとめて束ねる。
煉獄さんは目を瞑ってされるがままにしている。
いつもと同じくらいの位置でまとめた髪を髪紐でまとめる。
「痛くないですか?」
「ああ!」
「緩くないですか?」
「ああ!」
その返答に安堵してそっと手を離す。
煉獄さんの人目を引く鮮やかな髪色に違和感なく馴染んでいる髪紐に胸に熱が灯る。
まさか着けたところを見れるなんて思ってなかった。
正直その姿が見れただけで十分なくらいだ。
「ありがとう!大切にする!」
こちらを振り返った煉獄さんに満面の笑みを向けられて、思わず面食らってしまった。
執念の権化のような贈り物なんて、大切にしてもらわなくていい。
気に入らなければ捨ててもらって構わないと思って作ったものだし、長く使うならそれこそ自分の気に入ったものを身に着けてもらった方が余程いい。
「好みじゃなかったら、捨ててもいいんですよ?」
「何を言う!なまえが作ってくれたものだろう」
「はい、でも、勝手に作ったものですし⋯」
「気に入る理由はそれで十分だろう?」
屈託なく笑う煉獄さんに拍子抜けして、間の抜けた顔で見返すしかできない。
呆気に取られたままの私を横目に食事を再開した煉獄さんの後ろでその髪に真新しい髪紐が結ばれているのを眺めていたら、一足遅れてどうしようもない嬉しさと温かさが込み上げてくる。
煉獄さんがこちらを見てなくて良かった。
情けないほど染まった頬と緩む顔を抑えて、改めてそう思った。