yumekago

今日という日の先に

恋柱邸を出て、晴れない頭のままブラブラと宛もなく歩いていたら、前方に見知った人物が見えた。

「冨岡さん」

どこを見ているのかわからない顔で歩いている冨岡さんにそう呼びかければ、ようやくこちらに気付いた冨岡さんと目が合う。
近くまで歩いてきた冨岡さんがポツリと言葉を零す。

「⋯珍しいな」
「甘露寺さんのところに用があって。冨岡さんこそ珍しいですね」
「⋯近くで名人戦があって観に行っていた」
「ああ、将棋ですか」

冨岡さんが興味あることなんて、鮭大根か将棋くらいなものだろう。

こちらをじっと見下ろしたまま何も言わない冨岡さんを見上げ返して、しばらく無言の時間が流れる。
本当に何を考えているかわからない顔だ。

私が今抱えている問題を冨岡さんにぶつけたところで、きっと求めている答えは得られないだろう。

「⋯あの、それじゃあ」
「ああ」

微動だにしない冨岡さんに短く挨拶を告げて、その場を後にする。

冨岡さんと意思疎通できる人物はいるのだろうか。
いや、考えてもしょうがない。

今の私はそれ以上の難問を抱えているのだ。

そのまま宛てもなく通りを歩き続ける。
行き交う人を避けながらひたすらに歩いて町並みが変わってきたことに気付いたとき、後ろから声をかけられる。

なまえさん!」
「雛鶴さん」

朗らかな声で軽く肩を叩かれて振り向くと、華やかな笑顔を見せる雛鶴さんがいた。
上品に微笑む雛鶴さんに笑顔を返して挨拶を交わす。

「こんなところで何を?」
「ちょっと考え事を⋯」
「あら⋯何か心配事でも?」
「いえ、悪い悩みじゃないんです、けど⋯」
「⋯ね、もし時間あるなら家へ来ない?ちょうどこれからお茶にするところなの」

こちらを気遣うように誘ってくれた雛鶴さんの言葉に甘えて、雛鶴さんの抱えていた荷物を半分受け取ると並んで音柱邸へと向かった。