yumekago

こごえる唇

日課にしている鍛錬を終えて一息つくと同時に、ヒヤリとした風に頬を撫でられて思わず身体を縮める。

随分気温が下がってきたなと空を見上げれば、キンと張り詰めた冬の匂いが鼻を刺した。
季節特有のこの香りは、葉が落ちて枝だけになった木々の香りなのか、冷たさを滲ませた風の香りなのか、降る時機を伺っている初雪の香りなのか。

寒いのは苦手だ。

普段から身体を動かしているから代謝は悪くないと思うのだけれど、身体が熱を発するよりも早く身体が冷えていく。
一度外に出れば溜め込んだ体温が一気に奪われて、脳の奥まで冷えていくような感覚すらする。

再び吹き付けてきた風に身体を震わせると、いそいそと家の中へ戻った。

汗を流して着替えると、少し早い夕飯の支度に取り掛かる。

いつもは縁側でひなたぼっこしている鴉の姿が見えないところから察するに、もしかしたら今夜は任務が入るのかもしれない。
そう思ってありあわせで食事を作っていたら。

ートントン

不意に玄関を叩く音が聞こえて、料理の手を止める。

とりあえず「はーい」と声だけを返して手を洗うと、濡れた手を拭くのもそこそこに玄関に駆け寄って扉を開けた。

そこには。

「突然訪ねてすまない!」

いつもと変わらぬ快活な笑顔を浮かべる煉獄さんがいた。

時々稽古をつけてもらっている御礼と称して、お裾分けをしに私が炎柱邸を訪ねることはあっても、煉獄さんが私の家へ来ることはこれまでなかった。
一度だけ、お裾分けを持っていった日の帰りがけに家まで送ってくれたことはあったけれど。

突然の来訪に戸惑いながらも、心做しか、いつもより口角が高い笑顔を浮かべている煉獄さんに首を傾げる。

「珍しいですね。どうかされましたか?」

そう聞けば、煉獄さんの顔がパッと明るくなって、満面の笑みとともにズイと手を差し出してくる。

「君が来る日まで待っていても良かったんだが、早く渡したくてな!」
「?」

なにか煉獄さんに頼んでいたものがあっただろうか?
ふとそんな疑問が頭を過ぎるが、柱である煉獄さんと一般隊士である自分の立場を考えれば、そんな依頼を自分ができるはずもないことは明白だ。

煉獄さんの手に握られていた紙袋をポカンと見つめていたら、再びズイと腕が近づいてくる。

受け取る以外選択肢はない圧を感じて、大人しく紙袋を引き取った。