yumekago

つめたい指先

見事に晴れ渡った空の下、少しずつ乾き始めた初秋の空気をゆっくりと吸い込んで、再び息を吐く。
夏の名残が消えて冷気を纏った風に頬を撫でられるのは、心地よくもあるけれどあまり得意じゃない。

ぼんやりと遠くに見える山々に視線を投げれば彩度を落とし始めた木々が見えて、もうそんな季節なんだなとふと思う。

億劫で後回しにしていたけれどそろそろ衣替えをしなければと思いながら、今は目の前の用事を片付けることが先だと胸元に抱えていた荷を持ち直した。

「ごめんください」

目的の家に着くと、高い塀に囲まれた立派な門の前でそう声を張り上げる。
期待はしていなかったけれど、案の定中から人が出てくる気配はない。

小さく息をついてから、一応断りはいれたと言い訳をして門を潜る。

そのまま庭の方へ回って屋敷の奥にある道場に向かうと、開け放たれた扉からそっと中を覗いた。

「煉獄さん」

鍛錬に打ち込む人物の耳に届くように少しだけ腹に力を込めて名前を呼べば、ようやく家主がこちらに気付いて笑顔を見せた。

みょうじか!気が付かなかった」
「そんなことだろうと思ってました」

木刀を持つ手を止めて、袖で汗を拭いながら煉獄さんが快活に笑う。

私は煉獄さんの継子ではないけれど、煉獄さんの好意で時折稽古をつけてもらっているから鍛錬中の煉獄さんの耳に雑音が入らないことは重々承知している。

道場の入り口まで歩いてきた煉獄さんが「稽古をしに来たのか?」と首を傾げる。

「いえ。今日はこれをお裾分けしに来ました」
「なんだ?」
「近所の方がたくさん分けてくださって」

そう言って胸元に抱えていた荷物を煉獄さんに手渡す。
不思議そうに首を捻りながら荷を受け取った煉獄さんは、それなりに重いであろう風呂敷の包みを片手で軽々と持ち上げて結び目を解いた。

「さつまいもか!」

中から出てきた丸々とした艷やかなさつまいもを捉えた煉獄さんの瞳がキラッと輝くのがわかって、思わず笑いが零れる。
普段から笑顔を絶やさない人だけれど、好物を前にすると少年みたいな顔になる。

嬉しそうに顔を綻ばせる煉獄さんに笑いを噛み殺していたら。

「そうだ!一緒に食べないか?」

何か閃いたように満面の笑顔で告げられた唐突なその提案に、思わずポカンと間の抜けた顔をしてしまった。