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背中合わせの恋煩い 第5章

煉獄さんが重傷を負ったと鴉から連絡を受けて、すぐに煉獄さんが運び込まれたという病院へ向かった。

病室で対面した煉獄さんは、左目の視力を失い、折れた肋骨が内蔵を傷つけたために呼吸器を外せない酷い状態で、意識は戻らないままだと告げられた。

言葉もなくその病床へ近寄って静かに眠る煉獄さんを見つめていたら、ほとんど無意識に包帯の巻かれた頬に手が伸びた。
が、触れる既の所で手を止めた。

煉獄さんに触れる資格なんてない。

「あの⋯」
「?」

突然背後から声がして振り向くと、そこには腹部に包帯を巻いた赤みがかった髪の少年と猪頭をかぶった少年、黄色い髪の少年がいた。
隊服を着ているのだから鬼殺隊の子なのだろう。

赤髪の子は最後に出席した柱合会議で審議にかけられているところを遠目から見た記憶がある。

「俺達、煉獄さんに助けられました。俺達を庇って煉獄さんが⋯⋯ごめんなさい」

そう声を詰まらせて項垂れる少年たちに、頭を振る。

「あなた達の責任じゃない。後輩を守るのは柱の務めだから」
「でもっ⋯!」
「あなた達も怪我してるんでしょう?無理しないで、ちゃんと身体を休めないと」

俯いたまま肩を震わせる少年達の肩に手を乗せて、上を向かせる。
涙に濡れた赤い瞳と目が合った瞬間、少年が鼻水を啜りながら微笑んだ。

「やっぱり⋯」
「?」
「あの匂いの人だ」
「え?」

涙と鼻水でグシャグシャになった顔を綻ばせて笑う少年の言葉を汲み取れず目を瞬かせる。

「煉獄さんの奥さんですよね?」
「⋯はい」
「上弦の鬼と戦っていた時、煉獄さんが持っていた香袋が破れたんです。
 鬼はその匂いを嫌がっていたけど、とても安心する優しい匂いがしました」
「⋯⋯」

ああ、本当に大切にしてくれていたのか。

眠る煉獄さんの顔をチラリと盗み見て、節操もなく高鳴った自身に苦笑を零した。

猪頭の少年がずいと前に出てくると被り物の目玉をギョロギョロさせながら顔を覗き込んでくる。

「なんかホワホワしてるな」
「伊之助!そんなジロジロ見たら失礼だろ!」
「あれは何の匂いですか?」
「あれは⋯藤と朝顔を特別に調合した香りです」
「藤と朝顔⋯」
「藤の香りを鬼が嫌うのは知っていますか?」

その問いに少年達がコクンと頷く。

「それに朝顔ー⋯朝を呼ぶ花を混ぜています。鬼の再生を阻む効果があるんですよ」
「すげェ!」
「何それ!俺も欲しい!」

猪頭の少年が叫び、黄色い髪の少年が勢い良く手を上げる。

「煉獄さんに渡した物と同じ物ではありませんが⋯良かったら」

そう言っていつも持ち歩いていた香袋を取り出すと、少年達に手渡した。

「一緒に戦ってくれたのでしょう?その御礼です」
「ありがとうございます!」

元気良くお辞儀をして、香袋を嬉しそうに掲げながら去っていく少年達を見送って、再び深い眠りの中にいる煉獄さんの元に歩み寄る。

私が変われたら良かったのに。

この寝顔を傍で見ていられたらどんなに幸せだろう。

でもそれは私の役目じゃない。

暫し煉獄さんの顔を見つめてから、キュッと唇を結ぶと病室を後にした。