背中合わせの恋煩い 第2章
魔禍の屋敷で煉獄さんと一線を越えた後、そのまま意識を飛ばした私は煉獄さんに抱えられて宿へと運ばれたらしい。
翌朝目を覚ました時にはすでに煉獄さんは次の指令に向かっていて、念の為胡蝶さんのところで体を休めるようにとの言伝を宿の人から聞かされた。
魔禍の催淫効果は一時的なものなのか、魔禍が死んだために効果が薄くなったのかはわからないけれど、胡蝶さんの屋敷へ着く頃には体の怠さも熱もすっかり消えていた。
「なまえさん、いらっしゃい」
「すみません、忙しいところ」
「いえいえ、構いませんよ」
屋敷を訪れた私を胡蝶さんは優しく迎え入れてくれて、早々に検査をしてくれた。
「うん、もう毒は残っていませんね」
「そうですか⋯良かった」
診察室で向かい合った胡蝶さんの穏やかな笑顔と言葉に胸を撫で下ろす。
「それにしても災難でしたね」
「はい⋯」
「煉獄さんが来てくれて良かったですね」
「は、い」
胡蝶さんの言葉に、素直に頷けなくて視線を落とす。
煉獄さんと一線を越えたことは言っていないけれど、察しのいい胡蝶さんのことだから気付いているのかもしれない。
「何か気になることでも?」
「⋯今回は私一人で片付けたかったんですけど⋯自分の力不足が情けなくて⋯」
これは本音だ。
油断したばかりに鬼の術中に陥って、あろうことかその荷を煉獄さんにまで背負わせてしまった。
たまたま助けに来てくれただけの煉獄さんに。
煉獄さんの優しさに付け込んで、強引に抱かせてしまった。
申し訳なさと不甲斐なさと秘めていた愛しさと、色々なものが入り混じって涙となって零れ落ちる。
「気にすることありませんよ」
「でも⋯っ」
膝の上で握りしめた拳を、胡蝶さんの小さい手がそっと包む。
「十二鬼月ともなれば、それなりに強力です。
柱とは言え一人で立ち向かえる鬼ばかりではありません」
優しい声色に何も言えず、ただポロポロと涙が溢れた。
「それに⋯」
「?」
「状況は不本意だったかもしれませんが、想いは本物でしょう」
「っ」
やっぱり、胡蝶さんには勘付かれていた。
胡蝶さんの言う通りだ。
鬼の術に囚われて、なんて不本意極まりない状況であったことは反論の余地もない。
けれど、心を乱されることが嫌で関わるまいと決めていた煉獄さんと、一時だけでも繋がれたことの幸福感も、また言い逃れようのない事実で。
鬼殺隊に入ると決めてから、人並みの幸せは考えないようにしていたけれど。
「そうですね⋯」
一瞬でも夢を見れた。
そんなことを思いながら微笑むと、胡蝶さんの柔らかな掌が優しく頭を撫でてくれた。
それからの日々はいつもの繰り返しで。
伝令を受ければ鬼を片付け、暇ができれば稽古に励み、ただひたすらに柱としての努めを果たすことに没頭した。
「明日ハ柱合会議!」
「あ⋯」
担当地区の見回りを終えて帰宅したところで、鎹鴉がそう声を上げた。
「そっか⋯」
暦を見ながら、明日がその日であることを思い出す。
脳裏に浮かぶのは、杏色の髪をした人。
あの日以来何も連絡はとっていないけれど、願わくば煉獄さんが何も責を感じていませんように。
煉獄さんはただ、欲情に溺れた女を哀れに思ってその身を差し出してくれただけなのだから。
通りすがりに過ぎない関係に、いちいち心を砕く必要なんかない。
何も感じる必要はない。
ただ、それだけが願いだった。