今日という日の先に
「なまえじゃねぇか」
音柱邸へ着くと宇髄さんが居間から顔を出す。
「お邪魔します」
「天元さま、今お茶をお持ちしますね」
「ああ、悪ィな」
誰か来てるのだろうか?
そう思いながら雛鶴さんに続いて居間を通り抜けようとしたら、室内にいた不死川さんと目が合った。
「あ」
「何だ、テメェも来たのかよ」
思わず言葉を発してしまった私に気付いた不死川さんは、こちらを見ながらそうボヤく。
別に最初から来ようと思って来たわけじゃない。
そう思って居間を通り過ぎようとしたら、雛鶴さんが「なまえさんは座ってて」と不要とも言える気遣いをしてくれて、結局宇髄さんと不死川さんと3人で居間に取り残される。
「あー⋯なまえは何でうちに?」
苦手意識のある不死川さんを前にした私は冴えない顔で黙ったままで、居間に漂う微妙な空気を察して宇髄さんがこちらに話を振ってくる。
派手な成りをしているくせに、こういうところは細やかで気が利く。
「ちょっと考え事して歩いてたら偶然雛鶴さんに会って、それで」
「考え事?」
首を傾げる宇髄さんを見てハッと気付く。
そうか、宇髄さんなら何か良い案を持っているかもしれない。
鬼殺隊の中でも数少ない妻帯者だし、男女の機微とか心理とか、そういうのもきっと手慣れているだろう。
不死川さんには特に期待していないが、まぁ別に居る分には構わない。
そう思って頭を悩ませている難題を宇髄さんにぶつけてみた。
「なんだ、簡単なことじゃねぇか」
「えっ!」
事も無げにそう言い放った宇髄さんに、思わず前のめりになる。
期待した通りだ。
「そんなもん、なまえがちっと肌蹴て恥じらいながら煉獄の耳元で『私をあげる』って囁やきゃいいんだよ」
「⋯⋯⋯は?」
「どうせまだ何もしてねェんだろ、お前ら」
そのときの宇髄さんを見る私は、この世のあらゆる濁りをかき集めて煮詰めた上澄みを掬い取った純度100%の汚物を見るような目をしていたと思う。
手慣れすぎているこの男に聞いた私が馬鹿だった。
宇髄さんの指摘通りそういう関係には至っていないけれど、それ以前に手を繋ぐことすらできていないのに一足飛びにそんなことできるはずがない。
そもそも男性と付き合うことだって初めてなのに、そんな芸当がサラッとできてたまるか。
自分の浅はかさを自嘲を込めて鼻で笑ってから、手順はどうだの雰囲気はこうだの恥じらいを忘れるなだの講釈を垂れる宇髄さんを無視して雛鶴さんが持ってきてくれた玉露を飲みながらおはぎに手を伸ばした。