背中合わせの恋煩い 第3章
『煉獄さん、これを⋯』
控えめに差し出されたそれをなまえから受け取ったのは、新居へ越して数日が経った頃だった。
躊躇いがちに声をかけられて、華奢な指をそっと開くと小さな袋が現れる。
『これは?』
『香袋です。うちは先祖代々香師をしています。その習わしで、伴侶となる方に特別に調香した香袋を贈るんです』
『そうか!』
受け取った香袋を鼻に寄せれば、不思議と落ち着く香りがした。
『ご迷惑でなければいいのですが⋯』
『迷惑なものか!ありがたい』
俯きがちに不安を口にするなまえの言葉を全力で否定した。
その言葉は本心だ。
自分を想って作ってくれたものだと思うと、ことさら嬉しさが込み上げる。
『大切にする』
『⋯ありがとうございます』
『?礼を言うのはこちらの方だ』
あの日から、隊服の下に忍ばせていた香袋。
それは、程度はわからないにしてもなまえが心を寄せてくれた証なのだと思えばただの香袋以上に価値のあるものだった。
それでもそれ自体はただの香袋であるはずで、傍目に見ればそれ以上でもそれ以下でもない代物であるはずだった。
けれど。
猗窩座との戦いで俺を救ってくれたのは、間違いなくその香袋だった。