yumekago

今日という日の先に

なまえ
「?はい」
「もう1つだけもらっていいか?」
「え⋯」

言葉の意味を理解する前に、煉獄さんの手が頬に触れて温かい掌に包まれる。

その掌にわずかに力が込められたと思った瞬間、目が覚めるような深紅色と向日葵色が視界を横切って、それと同じ色をした瞳が目と鼻の先にあるのが見えた。
それとほぼ同時に感じた、唇に触れる柔らかい弾力と温もり。

「っ⋯」

突然の行為に驚いて、目を閉じることも忘れてしまって。
煉獄さんと口付けしてるんだと脳が理解した瞬間、頬が一気に熱を持って身体が震える。

それは時間にしてたった数秒に過ぎないけど。

ゆっくりと唇が離れると、どことなく色香を漂わせた煉獄さんが薄く微笑むのが見えた。

「俺はもらってばかりだな」

そう苦笑を零した煉獄さんに優しく抱き締められる。
初めて感じるその腕の温かさに、緊張と羞恥で心も指先も震えているのに、激しく動悸する心臓は苦しいほどなのに、離れたくないなんて思ってしまう。

「⋯離れがたいな」

頭上から聞こえてきた声に、自分の心の声が漏れてしまったのかと思った。
胸がいっぱいで言葉が出てこなくて、コクンと頷いて煉獄さんの背中に手を回して胸元に頭を寄せる。

触れたところから伝わる早い動悸は、自分のものなのか煉獄さんのものなのか。

「⋯あげます」

もらってばかりなのは私の方。
幸福感も安心感も、愛しさも温かさも、こんな風に誰かからもらえるなんて思ってなかった。

全部、全部煉獄さんがくれたの。

だから。

煉獄さんの羽織を掴む手に力が入る。
胸元に埋めた顔は見られる心配なんてないのだけれど、それでも込み上げる羞恥を抑え込むようにギュッと固く目を瞑る。

「もらってくれるなら、全部煉獄さんにあげます」
「ー⋯」

ああ、これじゃ宇髄さんの思惑通りだ。

そんなことが頭を過ぎったけれど、今更その言葉を取り消すつもりも誤魔化すつもりもなかった。
そう思ったのは、自分の本心だから。

少し身体を離した煉獄さんの指が私の顎を持ち上げて、煌めく瞳に捕らえられる。

黄水晶のような輝きを放つ瞳に見据えられて熱を持った頬を自覚したけど、隠す手立てがなくて恥ずかしさから逃げるように静かに目を閉じた。

再び重なった唇から伝わる熱を感じながら、煉獄さんに手を伸ばす。

温かいを通り越して炎のように熱い、降り注ぐ煉獄さんの唇や指先を感じながら、私の脳内を占めるのはただ一つの願いだけ。

煉獄さん、ありがとう。
生まれてきてくれて、生きてきてくれて、出会ってくれて、愛させてくれて。

あなたから、たくさんのものをもらった。

真っ直ぐに信じた道を進む勇気も、孤独も葛藤も苦境すらも受け入れる強さも、見据えた未来のために努力を続ける情熱も。
一人じゃ感じることのできなかった温かさも優しさも、人を愛する喜びも。

あなたが生を受けて、そして年を重ねる今日という日が、ずっとずっと幸福で彩られた日になりますように。
皺だらけのおじいさんになっても、その笑顔がいつまでもこの世界にありますように。

そして。

これからもどうか、あなたが幸せでありますように。