TSUKI
「ぐっ⋯」
短い呻き声とともに砕けながら地に伏せた人間だったものを見下ろして、煉獄杏寿郎は日輪刀を一振りすると鞘に収めた。
「ー⋯」
サラサラと崩れていくそれを冷めた目で眺める。
鬼を狩ることに、もはや心は何も感じない。動じない。
うっすらと心を支配する虚しさに、ついいつものように空を仰ぎ見た。
真っ暗な夜空に浮かぶ月。
暗い雲に飲み込まれながらも鈍く輝きを放つそれを食い入るように見つめる。
いつしか慣れてしまった無機質な光景の中で唯一、人間らしい感情を呼び起こしてくれるもの。
人のそれとは違う化物の血に濡れて冷たくなった身体を照らしてくれるもの。
漆黒の闇夜で静かに輝く月を見ると、いつも思い出す人がいる。
何があっても揺るがない、絶対的な安心感を与え続けてくれた人。
この手で触れることはできなくても、ただそこに居てくれるだけでいいとさえ思える人。
戻ることのない遠い日の優しい思い出に心を囚われたときも、目を伏せたくなる現実を目の当たりにして心が擦り減ったときも、自らに課した重責に息が詰まりそうになったときですらも、わずかに残った小さな希望をずっと照らし続けてくれた人。
何度も消えそうになる炎を、ずっと守り続けてくれた人。
いつも変わらず、ただ静かに俺を照らしてくれた光。
その暖かな光があったから、歩みを止めず前に進むことができたんだ。
厚い雲に隠されても、細く欠けたとしても、ときには姿さえ見えなくなっても、必ずまた満ちる月のように静かな強さを秘めたその存在を、決して忘れることはない。
温かくて静かな眼差しをしたあなたは今夜もどこかで、この月を見上げているのだろうか。