yumekago

TSUKI

息が上がるほど走って、来たこともないほど奥地に来ると水の流れる音が聞こえた。

乾いた喉を潤そうと音のする方へ歩いて行くと滝が見えて、滝壺の淵に人影が見える。
一瞬鬼かと身構えるが、見知ったその着物に身体が動いた。

なまえ!』

足よりも先に声が出て、なまえが振り返る。

慌てて立ち上がって逃げようとするなまえに駆け寄って、腕を掴んだ。

『放して』
『探してたんだ!皆心配している』

腕を引き抜こうともがくなまえに視線を走らせて、怪我がないことに安堵する。
とにかく無事で良かった。

『俺と帰ろう』

そう言って手に力を込めると、なまえはより一層強く抗う。

『帰らない』
『なぜだ?』
『放して、お願い』

そう言って顔を上げたなまえの頬は涙で濡れていて。
強い意志と深い悲しみを湛えたその瞳に、思わず腕を掴んでいた手が緩んだ。

なまえの腕が重力に従ってスルリと落ちるが、なまえは逃げることを止めて杏寿郎と向き合った。

『私を見逃してください』

身体を折り曲げて深々と頭を下げるなまえ
パラパラと髪の毛が落ちて、月明かりに照らされて見えた白い項は酷く頼りなかった。

『⋯その後はどうするんだ?』
『⋯聞かないで』

なぜ、と言いかけた言葉を杏寿郎は飲み込んだ。
なまえの真っ直ぐな瞳に、それ以上は踏み込んではいけないような気がした。

それでも、何の宛も伝手もないなまえ一人を放り出してこの場を去ることなんてできなくて。

『俺にできることはないのか?』
『⋯⋯』
なまえ

なまえの瞳が一瞬揺れるが、それを隠すように視線を落とすとゆっくり頭を振った。