互い違いに枷をして
トントンと門扉を叩く音に、最早必要ないとわかっていながらも習慣になってしまった鍛錬の手を止める。
動きを止めると同時に額を滑り落ちてきた汗を袖口で乱暴に拭って、すでに予想のついている訪問者に小さくため息を吐いた。
居留守を使ってもどうせ無駄だろうと諦めて、門へ向かう。
堅牢な門扉を片手で開ければ、見知った顔が俺を見上げて微笑んだ。
「こんにちは」
「⋯他に行くとこねェのかよ」
俺の憎まれ口を気にするでもなく、目の前の人物はいつもと変わらぬ笑顔を向けてくる。
「今日はおはぎを作ってきたんです」
穏やかな口調と表情でそう告げながら玄関を潜るその人ーーなまえに、再びため息をつく。
隠でもあったなまえは、鬼殺隊にいた頃から時折風柱邸の雑用や家事を担ってくれていた。
余計な口出しをせず命じられたことを丁寧に確実にこなすなまえは、隠として優秀だった。
意図していたわけではないが、みなまで言わずとも先回りして雑務を処理してくれるなまえを気に入って度々指名していたら、お館様が気を回してほとんど俺の専属のような立ち位置になっていた。
でもそれは、鬼殺隊があればこそだ。
すべての戦いが終わり鬼殺隊が解体した今、なまえに俺の世話をする義理も責任もない。
「私は勝手に家事をしていますから、何かあったら呼んでくださいね」
持参した割烹着を身に着けて手慣れた様子で納戸から掃除道具を取り出したなまえは、笑顔でそう言い切ると勝手に掃除をし始める。
もう何度となく来る必要はないと言い聞かせてきたが、その度になまえは食い下がった。
隠のときに見せていた従順さは、すっかり息を潜めている。
こちらの戸惑いなどお構いなしといった様子で勝手知ったる屋敷を自由に歩き回るなまえに、もう何度目になるかわからないため息をついた。