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まちがいさがし 第8章

あの日、逃げるように姿を消した私を、彼はどう思っただろう。

仕事を捨て、家を捨て、家族も捨てて、たった一つの宝物だけを抱きしめながら辿り着いたのは、二人の思い出の場所だった。

最初からこの町に来ようと思っていたわけではなかった。
それなのに、何もかも投げ出して逃げてきたはずなのに、縋るようにこの場所を選んでしまった。

彼に会いたかったからじゃない。

彼が避けるであろう場所を、そして自分が大切だと思える場所を、無意識に導き出していたんだと思う。

この町に逃げてきて、それまで働いて貯めていた貯金を切り崩して家を借りて、身体が動くギリギリまで仕事をして命の芽吹く季節に出産した。

ようやく会えたたった一つの宝物は、泣きたくなるほど彼によく似てて。
倫理も良識も無視して愚かな恋に溺れた私に、神様が唯一与えてくれた贈り物だと思った。

父親のいないこの子に、出来ることは何でもしようと思った。
自分の何を犠牲にしてでも、この子を幸せにしようと誓った。

幸いにも子どもはすくすくと健やかに成長してくれて、同じ年の子と比べて少ししっかりしすぎているきらいはあるけれど、私には出来た子だった。

小さい子に優しいところも、意思の強いところも、少し強引なところも、私を助けようと頑張りすぎるところも、彼によく似ていた。

「弥勒」
「なーに?」
「大好き」

事あるごとにそう言って抱きしめて、物心がつくと照れて逃げようとするときもあったけれど、最後にはギュっと抱き締め返してくれる。
その小さな手に、どれほど生きる力をもらったか計り知れない。

この子とよく似たあの人は今、どんな大人になっただろう。

大学は無事に合格しただろうか。
あの時なりたいと言っていた教師の夢は変わっていないだろうか。

一人で抱え込み過ぎる荷物を、一緒に持ってくれる人はできた?
踏ん張りながら生きてきた、その肩の力を抜ける場所はできた?

私のことは、忘れてくれた?

小さな寝息を立てて眠る弥勒の頬を撫でながら、もう会うこともない人へ想いを馳せる。

新しい場所で、新しい人に出会って、新しい恋をして、過去に縛られることなく幸せになっていて欲しい。
それだけを願っていた。

それなのに。