yumekago

互い違いに枷をして

半年経ってもなまえは相変わらずで、この頃になると俺自身諭すことを諦めつつあった。

「不死川さん、私買い出しに行ってきますね」

自室で書簡を認めていたら、なまえが襖からひょっこりと顔を覗かせてそう告げる。
ちょうど書き終わった書簡の投函をついでに頼もうかと思ったが、少し考えてから腰を上げて羽織を手に取った。

「俺も行く」
「珍しいですね」
「手紙を出すついでだァ」

物珍しげな顔でこちらを見上げてくるなまえに若干の居心地の悪さを感じて、その視線から逃げるように顔を背けて素っ気なく言い切る。

愛想のない俺の返答にもなまえは楽しそうに笑って、足音を弾ませながら後ろをついてくる。

「輝利哉様へですか?」
「あぁ」
「炭治郎さんや宇髄さんへは出されないのですか?」

他意のない顔でそう尋ねてくるなまえにチラリと視線を返す。
竈門や宇髄から時折届く書簡があることを知っているなまえからしてみれば、返事を出さないまま放置されている手紙の束を気に病んでいるんだろう。

別に返事をしないと頑なに決めているわけではないが、あえて出す必要もないだろう。

「あいつらの手紙は返事を出すまでもねェ。それに用事があるなら来るだろォ」
「お返事を楽しみにされてると思いますよ」
「面倒くせェ。あいつらの楽しみなんて知ったこっちゃねぇなァ」

舌を出しながらそう言い捨てると、なまえは困ったような顔で小さくため息をついた。

別にお前があいつらの心情を気にする必要なんてないだろ。
わずかに淋しげな表情を浮かべたなまえに、そんな思いが脳裏を過ぎる。

少しだけ湧き上がった苛立ちに蓋をして、なまえの持っていた籠を奪い取るとさっさと玄関へ向かった。

見慣れた通りを並んで歩いていると、なまえが「いい天気ですねぇ」と独り言のように呟く。

その言葉に、隣を歩くなまえにチラリと視線を移すと、なまえは雲ひとつない空を仰いで大きく息を吸い込んでいる。
隠だったときは目以外は隠されていたから知る由もなかったが、こういう顔もするんだなと改めて気付く。

「こんな風に季節の移り変わりを楽しめるなんて、なんだか贅沢ですね」

頬を撫でる風に目を細めながらそう言葉を溢したなまえに、「そうだなァ」とポツリと返す。

鬼を狩っていた頃は、力をつけることしか考えていなかった。
鬼殺隊の誰しもが生きることに必死で、一日の終わりに今日も生き延びたと安堵する瞬間があったとしても、夜が明ければまた命を懸ける一日が始まる。

もう何年もそんな生活が当たり前で、それが自分にとっての日常で、こうして移る変わる木々の色彩や風の匂い、地面に落ちる影の長さや肌に触れる空気の温度をじっくりと感じる時間なんてなかった。

肉を裂く感触、生臭い血の臭い、闇夜に響く断末魔。
そんなものばかりで溢れていたかつての日常は段々と薄ぼんやりとしたものになっていって。

そして同時に、微睡むような陽光や四季の花の香りを纏った風、穏やかな笑顔を浮かべる人がいる生活が自分の日常なのだと錯覚しそうになる。

いつまでも続くわけではないのに。

自分に暗示をかけるように脳内でそう言い聞かせて、なまえに向けていた視線を強引に引き剥がした。