互い違いに枷をして
不意に熱くなった目頭を隠すように、片手でなまえの頭を上から押さえつけてグリグリと撫で回す。
袖口で手早く目元を拭って小さく鼻を啜ってから、なまえの頭を引っ掻き回していた手を止めてポツリと口を開いた。
「⋯なまえ、お前ももう、自由になれ」
手はなまえの頭に置いたまま静かにそう告げると、撫で回していた手を止めようともがいていたなまえがピタリと動きを止めた。
「今からでも遅くねェ。見合いでもして結婚して、子ども産んで、死ぬまで家族に囲まれながら暮らせ」
怒鳴るでもなく宥めるでもなく、諭すように告げた俺の言葉を、なまえは静かに聞いている。
大人しくなったなまえの乱れた髪を掌で撫でて直しながら、言葉を続ける。
俯いたなまえの表情は、俺からは伺えない。
「器量も悪くねェし愛嬌もある。家事もできる。嫁にほしいって奴ァ山程いるだろ」
そう言ってゆっくりと手を離せば、視線を伏せたまま黙りこくったなまえが見える。
少しの沈黙の後、なまえはゆっくりと顔を上げた。
怒っているでも悲しんでいるでもない、いつもと同じような、いや、わずかに寂しさを滲ませた微笑みを湛えて俺を見据える。
「その話はもう聞き飽きました」
静かな声色でそう呟いて、なまえは俺の手から逃げるように身体を翻す。
振り向きもせず歩き出したなまえを追いかけて「おい」と声をかければ、なまえは足を止めて俺を仰ぎ見た。
口元は変わらず笑みを浮かべたまま、なまえはおもむろに口を開く。
「私、ご迷惑になっていますか?」
「⋯いや、そうじゃねェ。そうじゃなくて⋯」
なまえの刺すような視線を真正面からぶつけられて居心地が悪い。
その瞳から逃げるように顔を背けながら、うまい言葉が見つかるわけでもないのに首を掻いて頭を振る。
何度か口を開いては閉じて、それでもなまえの真っ直ぐな視線にたじろいで渋々言葉を捻り出す。
「⋯俺なんかに構っても何にもならねェだろ」
「⋯どういう意味ですか?」
「俺はあと数年で死ぬ。そんな死に損ないの世話したって何の利点もねェ」
「⋯⋯⋯」
「お前の家族だってンなこと望んでねェだろ」
何のために長い時間をかけて、多くの犠牲を出して、鬼殺隊が鬼を滅ぼしたと思ってるんだ。
罪のない人間が当たり前に幸せになれる未来を、幸せになるべき人間が当たり前に報われる世界を、誰もが当たり前に生きていける日常を、命を賭けてでも作りたかったからだ。
死と隣り合わせの世界からようやく抜け出すことができたなら、未来への道が開かれているのなら、あの世に片足突っ込んでる人間になんか構わずに自分の幸せを掴みに行けばいい。
死んでいった奴らが渇望した未来を、お前が代わりに手に入れればいい。
それが弔いになる。
間違っても、先のない人間にかかずらって未来を浪費するなんてこと、あっちゃいけねぇんだ。
暫くの沈黙の後、なまえは真っ直ぐに俺を見据えたまま静かに言葉を落とす。
「不死川さん、ついてきてください」
そう言うが早いか、俺を振り返ることもなく足早に歩き出した。