yumekago

互い違いに枷をして

その翌日も、なまえは普段と少しも変わらない様子で屋敷へ来て、家事や雑用を片付けていった。

炊事や洗濯や掃除を手際よくこなしていく傍ら、時折休憩と称してお茶菓子を持って俺のところへきては雑談の相手をするのもいつも通りだ。
腹立たしいくらい何も変わらない。

変わったのは俺の方だ。

気が付けばなまえを目で追っていて、なまえが近寄ってくると訳もなく気分が高揚して、なまえの表情が変わるたびに動悸が強くなって息苦しくなる。

気付いていないわけじゃない。
経験が多いわけでもないが全く経験がないわけでもないから、これが何なのか気付いてはいる。

それでも、これはただの兆しみたいなもので、病気の初期症状と似たようなものだ。
早めに手を打って対処すれば問題ない。

そう思っていた。

そんなことに気を取られながら日々を過ごしていたから、すっかり忘れていた。

その日はいつもの時間になってもなまえが来る気配はなく、庭で習慣となっている鍛錬をしながら時間を潰していた。
上半身裸で木刀を振っていたが、時折吹き付ける風の冷たさに手を止める。

随分寒く⋯、いや、なまえの言葉を使うなら『涼しくなった』か、なんて呑気なことを考えていたら。

ートントン

門扉を叩く音が聞こえて、視線をそちらに向ける。

毎日欠かさず来ているのだからもう勝手に入ってくればいいと言っているのに、未だになまえは律儀にお伺いを立ててくる。
そろそろ屋外で来訪を待つのも考えねぇとと思いながら門扉を開いた。

が。

「ご無沙汰してます!お元気ですか?」
「よォ元気か?ってお前この時期に半裸はねーだろさすがに」
「禰豆子ちゃん見ちゃだめェェ!おっさんの裸なんて汚いものを禰豆子ちゃんの無垢な瞳に映さないで!」
「風のおっさん修行してたのか!なら俺と手合わせしろ!」
「伊之助さん無礼ですよ!先に挨拶でしょう!」

扉を開けた瞬間に雪崩込んできた懐かしい顔ぶれに、一瞬思考が止まる。

状況が飲み込めなくて呆気にとられている俺を横目に、連中は「お邪魔しまーす」と言いながら勝手に玄関を潜って屋敷へ入っていく。
ぞろぞろと連なって屋敷へ上がり込む奴らを呆然と眺めていたら。

「変わりないか、不死川」

集団の後方にいた冨岡に声をかけられる。

「⋯これァどういうことだァ」

鉄面皮は相変わらずだが、幾分表情が読みやすくなった冨岡にそう尋ねると、冨岡は逆に眉を寄せて「知らなかったのか?」と首を傾げる。
ますます意味がわからなくて、眉間の皺が深くなる。

「今日は不死川の誕生日ではないのか?」
「ー⋯」

冨岡の質問に止まっていた思考を急回転させて、そういえば今日が自分の誕生日であったことをようやく思い出した。
こいつらはそれを祝いに来たのか。

許可した覚えはないが、家へ上げた以上追い出すわけにもいかず、渋々後に続いて屋敷の中へ戻る。

遅れて客間に辿り着くと先に上がり込んだ奴らはすでに荷物を解いていて、髪を結ったりたすきを掛けたりして身支度を整えている。

「よし、ちゃっちゃと準備するぜ!」
「座卓と座布団が足りませんね。奥にありますか?」
「おう。物置にあるはずだ。善逸と伊之助行って来い」
「天元様、私達は料理の仕上げをしてきます」
「おー、そっちは任せるわ」

客間で仁王立ちになって指示を出す宇髄の隣に立つと、頭をガシガシと掻きながらぼやく。

「⋯にしても急すぎんだろォ」
「あ?手紙出したろ?」
「手紙ィ?」

宇髄に指摘されて思考を巡らせれば、そう言えば数日前になまえが手紙の束を自室の文机に置いていたような気がする。
ここ最近は他のことで頭がいっぱいで、正直その存在自体忘れていた。

「行き違いになんのも派手に面倒だから出してやったのに見てねーのかよ!」
「炭治郎も返事がないと言っていた」
「⋯⋯」

手持ち無沙汰なのか、同じく宇髄の隣に並んで段取りを眺めている冨岡にそう追撃されて、明らかな自分の落ち度に返す言葉も見つからず押し黙る。

「ま、せっかく久々に集まったんだし、あいつらも気合い入れて準備してたみてーだから、派手に楽しもうぜ」

口角を上げて笑いながらも、ふと「お前らにとっちゃ、誕生日なんてめでたくないかもしれねーけど」と小さく付け加えた宇髄に視線を向けると、反対側にいた冨岡と目が合う。
その瞬間、どちらともなくフッと苦笑が零れた。