yumekago

互い違いに枷をして

主役は何もするなと言い含められて暇になった俺は、並べた座卓の上座で頬杖をつきながらワイワイと準備する連中にボンヤリと視線を投げる。

調理器具や調味料を借りてもいいかと聞いてきた竈門兄妹と宇髄の嫁達に好きにしろと返して、暇なら勝負しようぜと突っかかってきた猪をいなして、鏑丸を見せに来た栗花落と一言二言会話をして、隻腕談義に花を咲かせる宇髄と冨岡を少し離れたところから眺める。

色々な人が行き交う室内をぐるりと見渡したところで。

ふと、一つの疑問が脳裏を過ぎる。

なんでなまえがいないんだ?

馴染みのある顔ぶれが揃っていて、それはかつての日常そのもので、その中になまえがいないことが違和感なのか。

いや、違う。

在りし日の暮らしにいたなまえは、隠という黒子に徹していた。
隠に個性は必要なくて、他の隠となまえを区別する必要もなくて、なまえの任務遂行能力となまえの人格は全く別物で、同程度の能力を持っている隠ならなまえでなくても良いと思っていた。

隠はあくまでも縁の下にいる存在に過ぎなくて、その役割を軽視しているわけではないにしても、前線で戦う隊士の記憶に残らない存在だった。
それが隠に与えられた使命だったから。

空気みたいなものだ。
いるとかいないとか意識することすらなかったはずだ。

でも今は。

気の抜けるような穏やかななまえの笑い顔が、屋敷の中を駆けていくなまえの足音が、動き回るたびに立つ風に紛れたなまえの香りが、今この場にないことが言い様のない抵抗感になって襲ってくる。

これだけ多くの人間が屋敷にいて、それなのに何故、なまえだけがいないんだ。

一度芽生えてしまった違和感は時間の経過とともに焦燥を伴って次第に大きくなり、無視できない重圧へと变化して俺にのしかかってくる。

込み上げてきた居心地の悪さに居ても立っても居られず、勢いよく立ち上がると出入口へ向かう。

「どーした?不死川?」

廊下に足を一歩踏み出したところで、宇髄に呼び止められる。

それでも前へ進もうとする足を止めるべく開け放たれた襖に手をかけて動きを止めると、視線を前に向けたまま口を開いた。

「⋯悪ィ、ちょっと出てくる」
「は?」
「先に始めててくれ」

それだけ告げると、後ろも見ずに家を飛び出した。

少し前の記憶を辿りながら通りを走り抜けて、目的地である建物の前で足を止める。

前回来たときは夜の闇に覆われていたから建物の外観まで具に覚えているわけではなかったが、それでもおそらくここだと直感して建物に入り階段を駆け上がった。

息が上がることも気にせず足早に廊下を抜けて奥にある扉の前に来ると、断りもなく一気に扉を開いた。