互い違いに枷をして
しばらく好きにさせていればそのうち満足するか飽きるかするだろうとなまえを自由にさせていたが、3ヶ月経ってもなまえは変わらず屋敷へ通い続けた。
「本日の夕餉は何がいいですか?」
今日も今日とて掃除と洗濯を実に手際よく片付けた後、玉露とあんみつを乗せた盆を持って居間へやってきたなまえはそう口を開いた。
極めてにこやかな笑顔で尋ねてくるなまえに、言葉が詰まる。
玉露と一緒に差し出されたあんみつを匙で掬って口に放り込みながらじっと視線を投げれば、ようやくそれに気付いたなまえがこちらを向いた。
「どうかされましたか?」
玉露の入った湯呑を両手で持ったまま、なまえが首を傾げる。
俺は指を失ったくらいで大した後遺症もないのだから、自分の身の回りのことくらい一人で片付けられる。
手伝いを雇う必要もないし、今更新しい人間関係を築きたいとも思わない。
俺はただ、遠くない未来に訪れる死を待つだけの身だから。
でも、お前は違うだろう?
「⋯お前はいつまでこんなこと続けるんだ?」
「いつまで?」
「鬼殺隊は解体した。殺すべき鬼ももういねェ」
「そうですね」
「お前はもう隠でも何でもねぇ、普通の女だ」
「そうですね」
「ならいつまでも俺に構ってねェで、さっさと普通に幸せになりゃいいだろォが」
吐き捨てるようにそう告げたのに、なまえは緩く笑みを浮かべたまま、わずかに視線を落としてから再び顔を上げて静かに口を開いた。
「慎重に検討いたします」
承諾するでも否定するでもなく柔らかい口調と笑顔でやんわりと告げられたその言葉の本心は、要するにしばらくは答えを出すことはしないということだ。
ここ3ヶ月ほど、同じ押し問答を繰り返していたから、こいつの考えてることくらいわかる。
「⋯お前、そればっかりじゃねェか」
「不死川さんが同じことばかり仰るのですから当然です」
なまえは俺の睨みを気にも留めない様子で平然とそう言いのけて、一口お茶を啜る。
「心配なさらなくても、そのうち考えますから」
「いつの話だよ、それは」
「さぁ⋯1年後かもしれませんし、5年後かもしれませんし、10年後かもしれませんね」
そう言って呑気に笑うなまえに、心の底からため息が出る。
鬼に殺される心配はなくなったとはいえ人生がいつまでも続くわけじゃないし、10年後にやっぱりあの時ああしていればよかったと後悔したところで過去には戻れないことくらいわかってるだろ。
「そんな先のことより、私は本日の夕餉を何にするかで頭がいっぱいです」
気の抜けるような笑顔を浮かべてあんみつを頬張るなまえにそれ以上言葉を返すこともできず、押し黙る。
鬼殺隊だった頃は、俺が舌打ちでもしようものなら慌てて俺の目に触れないところへ走り去っていたくせに、今じゃ睨もうが怒鳴ろうがあっけらかんとしてやがる。
頑として譲らないなまえに、グシャグシャと頭を掻いて小さく舌打ちをした。