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背中合わせの恋煩い 第2章

「また行こうね!」
「はい!お二人ともお気を付けて」
なまえさんも、気を付けて帰ってくださいね」

夕暮れ時になってようやく甘味処を出た私たちは、そう挨拶を交わして帰路についた。

自宅のある方角へ続く大通りを目指して歩いていた私は、ふと前方の茶屋の長椅子に座っている人物に気付いて立ち止まる。

肩に乗せた鴉に餌を与えながら、黒く艶めく羽毛を優しく撫でているその人は

「煉獄さん」

ポツリと呟いた言葉に気付いたのか、顔を上げた煉獄さんと遠い距離で目が合う。
煉獄さんは長椅子から立ち上がって茶屋の扉を開けて中に声をかけると、小走りに駆け寄ってきた。

「すれ違いにならなくて良かった。待っていたんだ」
「えっ」
「せっかくだから、一緒に帰ろう」

その言葉に、頬が熱を持ち心臓が小さく跳ねる。
今が夕暮れ時で良かった。

「はい」

おそらく赤く染まっているであろう頬を隠すように俯き加減で小さく返事をして、人がまばらになってきた通りを並んで歩く。

何か話をしたほうがいいのだろうかと思いながら、ほとんど雑談らしい雑談をしたことがないことに気付いて逡巡する。

「甘味処は楽しかったか?」

どんな話題を振るべきか躊躇っていた私を察してくれたのか、煉獄さんが静かに問いかける。

「はい。いい気分転換になりました」
「そうか!それは良かった」
「⋯煉獄さんは、何を召し上がったんですか?」
「宇髄がふぐ刺しがいいと言って聞かないから、間をとって蕎麦を食べた」
「⋯⋯」

ふぐ刺しと間をとって蕎麦を導き出すには、対面にどんな食べ物が当てはまるのかわからなかったけれど。

「宇髄さんと仲良しなんですね」
「ん?そうだな⋯、宇髄は話しやすくていい奴だ」
「そうですね」

見た目が個性的すぎて初対面ではどう接していいのかわからなかったけれど、宇髄さんは話が上手で気が利く人だ。
派手な外見からは想像もつかない、地に足がついている内面との差異に驚いた瞬間を思い出して、ついクスクスと笑いが零れた。

ふと煉獄さんが息を呑んだ気配を感じて隣を見上げると、煉獄さんが驚いたような顔をしていた。

「⋯煉獄さん?」
「⋯ああ、すまない。君が笑うのを初めて見て驚いていた」
「え⋯」

その言葉に自分の言動を思い返して見れば、確かに煉獄さんの前で感情を露わにすることがなかったと思い至る。

それは緊張や羞恥が先行してしまって、笑ったり泣いたりという感情を出せるほど余裕が持てないからではあるのだけれど。

「ごめんなさい、その⋯」
「ああ、いいんだ」

言い訳がましい言葉を紡ごうとした私を制して、煉獄さんは事も無げに微笑んだ。

「結婚するまで俺は君とあまり話をしなかったのだからそれも仕方ない」
「そう、ですね⋯」
「それに、これから長い時間を共に過ごすのだから、そんなことは些末なことだ」

まるで自身にも言い聞かせているかのように、そう言って頷く煉獄さんをぼんやりと見上げた。

ああ、そうか。

煉獄さんはもう覚悟を決めているんだ。

言ったことは曲げない真っ直ぐな人だから、例え望んだわけではない道でも、この道を進んでいくと決めているんだ。

揺らがないその芯のある強さが、私にはとても眩しく感じる。

「これからも、よろしく頼む」

そう言って屈託なく微笑む煉獄さんに、私はちゃんと笑顔を返せていたのだろうか。