背中合わせの恋煩い 第2章
それからの日々は慌ただしかった。
お館様と柱たちへは鴉を通して結婚を伝えた。
みんなとても驚いていたけれど、それでも温かい祝福の言葉と祝いの品を送ってきてくれた。
結婚に至るまでの経緯など知る由もないみんなからの純粋な祝福に、また胸が締め付けられる。
鬼殺隊の仕事は続けることにしたが、柱は退くことを決めた。
ただでさえ人手不足が深刻な鬼殺隊で柱が、それもまだ十分に戦える柱が戦線離脱することは褒められたものではない。
柱は辞するが、これまで通り地区の見回りと後進の育成は務めること、前線に立って力を尽くすことは続けていきたいと思った。
そう自分の意思を伝えると、煉獄さんは笑顔で頷いてくれた。
お館様にもそのことを伝えたところ、「ありがとう」という恐れ多い言葉とともに担当地区を煉獄さんの隣の区にするよう伝達があった。
煉獄さんの実家へは、申し出を受けてから半月後に改めて伺った。
弟君の千寿郎さんは、結婚をとても喜んでくれた。
私たっての希望で式は挙げないと決めたことを告げると残念そうな顔をされたけれど、それでもできる限りのもてなしをしてくれて、最後に「兄をよろしくお願いします」と頭を下げられた。
父君には一瞥されただけで、祝福も小言も言われなかった。
煉獄さんの担当地区と私の担当地区の間に居を構えて、ようやく形式上それらしい結婚生活が始まったのは申し出を受けてから4ヶ月経った頃だった。
煉獄さんの籍を汚してしまった以上、せめて妻としての務めは果たそうと思った。ただ、それだけを考えていた。
「おはようございます。朝食の用意はできています」
「おはよう!いつもありがとう」
「いえ」
用意した朝食を「うまい!うまい!」と言いながら残さず食べてくれる煉獄さんに胸が高鳴る。
「君は料理上手だな」
「お口に合って良かったです」
煉獄さんの言葉に笑顔を返すが、ぎこちない顔になっていないか、それだけが心配になる。
朝食を終えると、煉獄さんは日課の鍛錬をこなすため道場にこもる。
その間に私は洗い物をして洗濯と掃除、買い出しを済ませる。
日が暮れ始めてから互いの担当地区の見回りをするため、身支度を整え同時に家を出る。
「何かあったら知らせるように」
「はい、煉獄さんもどうかお気を付けて」
「うむ!」
門の前でそう言葉を交わして、それぞれ反対方向へ歩き出す。
見回りを終えた後の帰宅は深夜になるため、風呂を済ませたらすぐに就寝する。
伝令がある時は不在になるものの、基本的にはそんな日々の繰り返しだ。
ただ、一緒に暮らしているというだけ。
就寝時間が異なるという建前で寝室を分けたこともあり、魔禍の屋敷での情事以降関係はなく、それ以前にそういう空気になったことすらない。
煉獄さんは、私の初めての相手になってしまったことに責任を感じて結婚したのだから、それも致し方ない。
不本意だったろうに。
食事を美味しそうに食べる姿や毎日無事に帰宅する姿を見られることに幸せを感じている一方で
私が今感じているような幸せを、煉獄さん自身がいつか最愛の人を得たときに感じるはずだった思慕の情を、煉獄さんから奪ってしまったのだと自覚するたび息が詰まるほどの苦しさに襲われる。
どれだけ懺悔しても、許されることではない。
夫婦となり、些細な日常に幸せを感じるたびに、そんな後ろ暗い気持ちが頭を擡げてくる。
煉獄さんの気持ちがどこにあっても、傍にいられればそれで十分だと何度自分に言い聞かせても、良心が胸を突いてくる。
そんな葛藤を抱えながら、それでも鬼殺隊としての使命は果たさなければいけない。
ふと気が付けば結婚してから初めての柱合会議が近付いていた。