yumekago

こごえる唇

ーシャラ⋯

風の中で錫が鳴るような音がして、反射的に刀を頭上に構えた。

ーキンッ!

「っ」

鉄がぶつかるような鋭い音がしたと同時に腕に痺れるような衝撃が走って、思わず息を呑む。

彼女を後ろ手で隠しながら痺れを払うように腕を振って体勢を整えると、目の前には錫杖を片手に持ち修験者のような格好をした鬼が佇んでこちらを見据えていた。

「鬼狩りか」
「⋯⋯」

先程の鬼とは対照的に、随分と落ち着いた声色でそう言葉を吐き出した鬼に口を噤む。
瞳に番号こそ刻まれていないものの、殺気を纏わせて間合いを取るその姿はそれなりに戦闘慣れしていることを示している。

廃寺に隠されていた食事の跡は、おそらくこの鬼のものなんだろう。

新たな鬼の出現に震える少女を、再び岩陰に押し込んで刀を握る。

言葉を交わすでもなく、錫杖の鬼と互いに睨み合ったままジリジリと距離を詰めていく。
一瞬でも目を離したら、おそらくこちらの首が飛ぶだろう。

瞬きする隙もないほど緊迫した空気が漂っていたそこに、わずかに風が吹いて土煙が舞った瞬間。
鬼が動いたのを視界が捉えて、同時に足を踏み出す。

一瞬で距離を詰めてそのまま鬼の首に狙いをつけて刀を振り下ろした、はずだった。

不意に横から伸びてきた錫杖が耳元でシャンッと音を立てた瞬間に、何かに弾かれるように身体が後ろに引っ張られて背後の雑木林の中に投げ飛ばされる。
幸い突っ込んだ先には草木が生い茂っていて、身構えた以上の衝撃はない。

既のところで受け身をとって体勢を立て直すと、再び刀を構えて足に力を込める。

しかし。

ーシャンッ

どれだけ距離を詰めても錫杖が高らかに音を立てるたびに身体が弾き飛ばされて、まともに鬼に近付けない。

一気に間合いを詰められる技も術も持ち合わせておらず、さらに厄介なことに、こちらは近付けないというのに鬼の方から近付くことはできるようで。

「っ⋯」

弾き飛ばされて草地に着地した瞬間を狙って、鬼が月を背負うようにして飛び掛かってくる。
錫杖が月明かりに反射するのが見えて、その場から離れようと足に力を込めた。

「っ!」

けれども水に濡れた足袋では草地を十分に踏み締めることができず、足が滑って体勢が崩れる。

動くことも叶わず、咄嗟に刀で受け身をとる。
刀を弾かれたら、きっとそのまま殺されるだろうと不吉な予感が脳裏を過ぎった。

しかし。

ーキンッ⋯

斬撃を受けた際の衝撃は腕を走ったものの、刀は弾かれることなくしっかりと自らの手の中に収まっていた。
わずかに安堵しながらも、普段とは違うその感触に戸惑う。

休息を与えないとばかりに繰り出される攻撃を受けながら、その違和感に意識が囚われる。

そして柄を握る自らの手に視線が走った瞬間に、その違和感の正体に気が付いた。

手袋。煉獄さんからもらった、手袋。

水に濡れた手が滑らないのも、攻撃をまともに受けた刀を取り落とさなかったのも、暖かい季節と同じように指や手が動くのも、きっと、たぶん、間違いなく、この手袋のおかげ。

そう気が付いた瞬間、言い様のない感情が胸の奥から込み上げてきて身体に熱が巡る。
胸の奥に灯った小さな炎が、まるで全身を包み込んでいるかのよう。

冷えていたはずの身体が温かくて、脳裏に真っ直ぐに笑う煉獄さんの姿が浮かんでくる。

自身の中で急激に煉獄さんの存在が大きくなるのと同時に、ある方策が不意に頭を過ぎる。
一度も試したことはないけれど、いつかの煉獄さんの姿を思い返しながら刀を構えた。

間合いには入らせないとばかりに距離をとった錫杖の鬼を見据えると、柄を握る手に力を込めて身体を捻る。
先程まで冷えて固まっていた足が、今は嘘みたいに踏ん張りをきかせている。

目を閉じてスゥと息を吸い込むと、真っ直ぐに鬼を睨んで足を踏み出した。

「炎の呼吸、壱ノ型⋯ー不知火!」

足先に力を込めた瞬間、自分でも驚くほどの速さで身体が動いた。

気が付けば錫杖の鬼の気配が背後にあって、振り返ると同時に首から上が消えたその身体がゆっくりと崩れながら地面に臥した。