yumekago

こごえる唇

「君もよく頑張ったな」

緊張が解けたところで不意に降ってきた声にハッと顔を上げると、腕を組んでこちらを見下ろしながら微笑む煉獄さんがいた。

いつもと変わらない朗らかな笑みを浮かべる煉獄さんを見ていると、胸がギュッと締め付けられるように息苦しくて言葉が詰まってしまう。
けど、煉獄さんに言いたいことがたくさんある。

「煉獄さん、私ー⋯」

そう言いかけたところでフッと頭上から影が落ちてきて、温かい何かに身体を包まれる。
一体何かと視線を落とせば、煉獄さんの羽織が身体を覆っているのが見えた。

思わず顔を上げたら真正面に煉獄さんの真っ直ぐな瞳があって、また少し鼓動が早くなる。

肩から落ちないように首元で羽織を支えている煉獄さんの手が思いの外唇から近いところにあって、反射的に息を止めた。

「君が無事で良かった」

少し眉を下げて微笑む煉獄さんは普段の快活さからはかけ離れた繊細さを滲ませていて、身体中の血が沸騰したように全身に熱が巡って心臓が激しく脈打つ。
自分でも制御できない感情が溢れてしまいそうで、焦ったように口を開いた。

「煉獄さん、私、不知火ができたんです!」
「不知火?君が?」
「はい!血鬼術で鬼に近付けなくて困っていたときに煉獄さんを思い出して、見様見真似で⋯。威力は全然、煉獄さんには及びませんでしたが⋯」

苦笑を浮かべながら正直にそう伝えれば、煉獄さんは柔らかく微笑んで「そうか」と独り言のように呟いた。
あまり見ないその顔に、思わず熱を持った頬を隠すように視線を落とした。

それでも何か言わずにはいられなくて、必死に思考を巡らせて矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「あと、煉獄さんにもらった手袋のおかげでいつも通りに動けました!刀が滑ったり指が強ばったりすることもなくて、本当に助けられました」
「そうか、贈り物が君の役に立ったなら俺も嬉しい」
「今度改めて御礼させてください」

少しだけ顔を上げて笑いながらそう告げると、煉獄さんがふと考え込むように口を噤んだ。
ほんの一瞬だけ遠くを見るように視線を外して、独り言のように「御礼、か⋯」と呟いた煉獄さんの心の内がわからなくてわずかに首を傾げたときだった。

「っ」

一瞬の間をおいて、羽織を掴む煉獄さんの手に力が込められると同時に身体が引っ張られて、気が付いたときには煉獄さんの隊服に顔を埋めていた。
煉獄さんの香りと温かさが直に伝わってきて、心臓が口から飛び出そうなほど跳ね上がる。

「⋯っ、煉、獄さん⋯っ」
「ー⋯礼はいらない。少しだけこうさせてくれ」
「でも私、服が濡れてる、ので⋯」

濡れた少女の身体を抱き締めていたせいで、私の隊服は足元のみならず前面部分までしっとりと水分を含んでいる。

煉獄さんに風邪をひかせるなんてことあってはいけないし、何より慣れない状況に頭が混乱しているせいで自分を制御できなくなりそうで、少しでも距離をとろうと試みた。
が。

「嫌か?俺にされるのは」
「嫌じゃ、⋯ない、です⋯」

耳元で聞こえる煉獄さんの静かな声に思考を乱されながらもかろうじて小さく首を振れば、煉獄さんは自嘲するように「礼と引き換えにするのは卑怯だな」と独り言ちた。
それになんと返せばいいのかわからなくて言葉を探していたら、不意に腕の力が緩んで身体が離れる。

それでも身体に回されている腕が外れることはなくて、動くこともできずに眼前の煉獄さんの隊服の釦をただただ見つめていた。

なまえ

名前を呼ばれた弾みで反射的に顔を上げると、こちらを真っ直ぐに見据える煉獄さんの双眸と瞳がぶつかる。
視線が交錯した瞬間に、煉獄さんの目元でふっと緩んだのがわかった。