yumekago

こごえる唇

耳を欹てながら進んでいると、水の落ちる音に混じって小さな怯えた声が聞こえてきた。

逸る気持ちを落ち着かせながら声のする方へ歩を進めると、入り組んだ岩石の間から溢れるように吹き出している滝口の淵に人影が見える。
こちらに背を向けているのが鬼だろう。

先程の青年の妹だろうか、怯えた顔を浮かべている少女がかろうじて身体を動かした瞬間、鬼がその細い足首を掴んで滝壺へ投げ入れた。

「ひっ⋯!」

激しい水音とともに川へ沈められた少女は溺れかけながらも必死の形相で川縁を目指すが、鬼はその頭を踏みつけて川中へ押し戻す。
その光景を視界が捉えた瞬間に、無意識に身体が動いて刃先を真っ直ぐに向けて茂みから飛び出した。

ーヒュッ⋯

切っ先が風を切る音がして、少女の頭を踏みつけていた鬼の足がボトリと地に落ちる。
そのまま息をつく間もなく呼吸に合わせて刀身を振るえば、どす黒い血飛沫を上げながら鬼の四肢が身体から離れて鬼の動きが止まった。

その隙に溺れていた少女を川から引っ張り上げて乾いた地面に座らせると、着ていた防寒具を少女の肩からかけて手短に尋ねる。

「怪我はありませんか?」
「ゲホッ⋯、は、い⋯」
「動けそうなら、物陰に隠れていてください」

蒼白した唇を震わせながら少女が小さく頷いたのを確認して、再び鬼に向き合う。

切り落とされた腕がようやく生え始めているところから察するに、再生能力もあまり高くなく、鬼としての力も経験もそれほどないのだろう。
あれほどの人を食べていたのに?

違和感を覚えながらも、柄を握り直して鬼との間合いを詰める。

「よくも食事の邪魔をしやがったな!なんなんだテメェは!」
「鬼殺隊です」

端的にそう答えたものの、それ以上鬼と会話する気も起きず「テメェもまとめて食ってやる!」と叫ぶ鬼を無視して斬りかかる。

鋭く尖った爪を伸ばして飛びかかってくる鬼の攻撃を刃先で受け流しながら、横目で彼女が岩陰に身を隠したことを確認する。

鬼の攻撃自体は思った通り重いものではなくて、動きも洗練されているとは言い難い。

ただ、川に入って濡れた隊服が足に纏わりついて動きづらい。
下が砂利だから足が滑ることはないけれど、それでも重みを増した衣服が足を冷やしていつもより動きが鈍くなる。

早く決着をつけないと。

そう決めるが早いか、足先に力を入れて踏ん張ると一気に距離を詰める。
流しきれなかった細かい斬撃が隊服や頬を掠めていくのを気にすることなく鬼の両手を斬り落とすと、立て続けに首元を目掛けて刀を振り下ろした。

「ギャアァァァ!」

耳を劈くような断末魔を上げて鬼の首が地面に落ちる。

勢いよく血を吹き出すその身体が崩れていくのを確認して、岩陰で息を潜めている少女に近づいて声をかけた。

「大丈夫ですか?」
「ぁ⋯」

肩から掛けた外套を手が白くなるまで握り締めながら目を瞑って震えていた彼女にそう声をかけると、彼女は小さく身動いで顔を上げる。

滝壺に落とされたときに切ったのだろう、額に少し血が滲んでいるけれどそれ以外に大きな怪我は見当たらず、ホッと胸を撫で下ろす。
大きな怪我はなくても身を切るような寒さの中で川に落とされた彼女の身体は気の毒なほど冷え切っていて、早く暖を取れるところへ運んであげたかった。

青ざめた顔をしている彼女を立ち上がらせようと手を伸ばしたときだった。