こごえる唇
紙袋を受け取った私を満足そうに見下ろす煉獄さんは、腕を組みながら「開けてみてくれ!」と私を急かす。
言われるがままに袋を開ければ、片手に乗るくらいの包みが視界に飛び込んでくる。
紙袋を腕に掛けると、中から取り出したそれを片手に乗せて結び紐を解いた。
包みから現れたものが何かを理解した瞬間、パッと顔を上げて煉獄さんを見た。
「これ⋯」
「手袋だ!隠に頼んで特別に作ってもらったんだ」
驚きで声を詰まらせながら目を見開いた私を見て、煉獄さんは得意気に破顔する。
その言葉に、再び視線を掌の手袋に落とす。
掌の部分は滑り止めが施された革が、甲の部分は起毛の柔らかい生地が、それぞれ当てられていて、薄手なのに風を通さない繊細な作りになっている。
一目見ただけで、それが丁寧で緻密な設計の元で作られたものだとわかる。
これまでも何度か自分で用意したことはあったけれど、一般的な婦人用のものでは戦いの最中に破れてしまったり刀が滑ってしまったり、工員用のものは厚みがあって感覚がわからなくなったり革が固くて思い通りに指が動かなかったり、挙げ句の果てに水や血や雨で濡れてしまえば逆に手を冷やすだけになってしまったから、使うのを止めたのだ。
「⋯わざわざ頼んでくださったんですか?」
「あぁ!この間、君の手が随分冷えていたからな!これからの季節には必要だろう!」
朗らかに微笑んだ煉獄さんに、胸の奥がキュウっと締め付けられるような感覚がして、身体に熱が広がる。
どうしよう。
嬉しい。
「⋯ありがとうございます」
緩む口元と熱を持った頬を必死で隠しながらそう御礼を告げれば、煉獄さんは嬉しそうに笑う。
その顔を見ているだけで、胸の奥に熱が広がって身体中の血が沸騰するような感覚がしてくる。
今までそんなことなかったのに。
不意に自覚しそうになった淡い気持ちを誤魔化すように、パッと顔を上げる。
「煉獄さんはこれから任務ですか?」
「今日はない!今朝帰ったばかりだからな!」
「今朝戻ったばかりなのに届けに来てくださったんですか?」
「早い方がいいだろう!君が在宅していて良かった!」
もし不在にしていたら手間になるだけだったのに、手袋を作ってくれたばかりでなくわざわざ自宅まで届けに来てくれるなんて、本当に煉獄さんはどこまで面倒見がいいんだろう。
鴉に運ばせたり隠に頼んだりする手段だってあったはずなのに。
煉獄さんの気遣いに、表現し難い感情が込み上げてきて心を震わせていたら。
「指令!指令!」
南の方から飛んできた鴉が腕に降り立って、伝令を告げた。
「東!東ノ山二鬼ノ目撃情報アリ!」
鴉の言葉に惚けていた気持ちを引き締めて、受け取ったばかりの手袋を握り締めると煉獄さんを仰ぎ見て声を張る。
「煉獄さん、わざわざありがとうございます!帰ってきたら改めて御礼させてください!」
腰を直角に曲げて頭を下げながらそれだけ伝えると、調理途中だった竈門の火を消して身支度を整える。
引戸の傍に立て掛けていた刀と框に用意していた防寒具を手に取ったところで。
「俺も行こう!」
「えっ」
一部始終を眺めていた煉獄さんが突然そう言った。
煉獄さんがいたら心強いなとか煉獄さんがいるなら私の出る幕はあるのだろうかとか、安堵やら疑問やらが入り乱れながら脳内を巡る。
いや違う、それももちろんそうなのだけど、そうではなくて。
「でも⋯、今朝帰ってきたばかりなのに⋯」
立て続けに任務をこなしていたら、煉獄さんと言えども疲弊してしまわないだろうか。
そう思って提案を素直に受け入れられずにいたら。
「俺のことは心配しなくていい!が、君が気に病むなら俺は後方支援に徹しよう!」
それはそれで贅沢すぎるというか、身に余る大役な気もするのだけど。
恐れ多い提案を受けるべきか悩んでいる私とは対照的に、煉獄さんは実に悠然とした雰囲気をまとって満面の笑みを浮かべている。
返答に詰まって腕組みをする煉獄さんをチラリと見上げたら、視線が合った煉獄さんが極めつけの一言を放った。
「それに、君を指導している者として成長を見ておきたい!」
「⋯わかりました!」
鴉に突かれて押し問答している時間はないと判断した私は、煉獄さんの手をできるだけ煩わせないとの決意を密かに胸に秘めて、申し出を受け入れた。