yumekago

こごえる唇

「正直に言おう。俺は、熱を持て余している」

煉獄さんが一度言葉を切って、身体に回された手に力が入る。
抜け出せないほど強い力ではないはずなのに、それでも息が止まりそうなほど強い意思を秘めた抱擁に身動き一つできなかった。

「君は気付いていないと思うがー⋯」

夜風に冷えた耳に落ちてきた囁くような呟きに、ただ煉獄さんの燃えるような光を宿した瞳を見つめ返すことしかできない。

「君を見るたびに身体の奥が熱くなる。今だってそうだ」

わずかに身体を離した煉獄さんが私の手をとって、「ほら」と自分の胸元に宛がう。
隊服と手袋越しでもわかるほど煉獄さんのそこは大きく動悸していて、掌から伝わってきたその鼓動に連動するように私の心拍数が急上昇する。

煉獄さんの双眸が射竦めるようにこちらを見下ろしているのがわかって、隊服に触れる指先が震える。

「君が好きだ」

唐突に告げられたその言葉をすぐには理解できなくて、わずかに開いた唇からは音にならない声だけが漏れた。

何か言わないとと思えば思うほど思考回路が混乱してしまって、何も言えずにいたら煉獄さんの手が頬に伸びてきて大きな掌で頬を包まれる。

「煉、獄さ⋯」

その掌に促されるように再度顔を上げると、柔らかく微笑む煉獄さんと視線がぶつかる。
瞳が重なった瞬間、煉獄さんは緊張を緩めるようにフッと眉を下げて息をつくと、熱を持った指先で二度三度私の唇を撫でた。

「⋯冷たいな」
「っ⋯」
「俺の熱を、分けてもいいか?」

ゆらりと距離を縮めた煉獄さんが、熱に浮かされたような瞳でそう問いかける。

身体が震えるのは、濡れた衣服のまま夜風に吹かれているせいなのか、優しさと鋭さを共存させた猛禽類のような瞳に見据えられているせいなのか。
けれど、答えなんて改めて考える余地もないほどわかりきっている。

ギュッと目を瞑ると、微かに、震えなのか肯定なのか自分でもわからないほど微かに、コクンと頷いた。

頷いた瞬間に顔を持ち上げられて、唇に温かくて柔らかいものが触れる。
それと同時に額や頬に柔らかな髪が触れる感覚がして、ふわりと煉獄さんの香りが鼻孔をくすぐった。

触れ合った唇がほんの少しだけ離れて、指先で軽く顎を押される。

薄く開いたそこに再び口付けが降ってきたと思ったら、熱源のような煉獄さんの舌が唇をそっと撫でて吐息が混じり合う。

熱い。

陽光のような穏やかな温かさとも、焚火のような緩やかな温かさとも違う。
まるでずっとずっと溜め込んでいた炎の塊を一気に吐き出した火山のような、すべてを飲み込んでしまいそうなほどの、緊張も思考も、理性すらも溶かしてしまいそうなほどの熱。

「っ⋯」

息を吸う時機も吐く時機もわからなくて呼吸を止めていたせいで、頭に酸素が届いていないのか目眩がしてくる。

少しだけ苦しくて煉獄さんの胸に添えた手に力を込めたら、ゆっくりと唇が離れて指で頬を撫でられる。
それと同時に柔らかく微笑んだ煉獄さんにまた胸が高鳴って、視線が釘付けになる。

「自惚れていいのか?」
「え⋯」
「君も俺を好いてくれているのだと」

わずかに不安を滲ませたその問いかけに心臓がキュッと締め付けられるような感覚がして、考えるよりも先に言葉が口をついて出る。

「う、自惚れじゃ、ないです⋯」

その言葉に、煉獄さんの宝石のように輝く瞳が開く。

視線を真正面から浴びながらこんなことを告げるのは恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出したいけれど。
でも、それでも、眉を下げて言葉を待つ煉獄さんの気持ちに応えたくて。

私は、きっと、ずっと前から。

「煉獄さんが、好き、です⋯」

震える声を絞り出して告げた精一杯の想いは、煉獄さんに届いただろうか。
そんな不安が胸を過ぎるけれど。

一陣の風が私と煉獄さんの間を通り過ぎて、風に弄ばれていた髪が元の位置に戻ったときに見えた煉獄さんは、今まで見たこともないくらい嬉しそうに顔を綻ばせている。

もう一度、ふわりと包まれた身体はポカポカと暖かくて心地いい。

今までにないくらい近い距離にいるのに、横から吹き付けてきた風が通り抜けるほんの少しの隙間さえ惜しくて、恐る恐る煉獄さんの背中に手を回した。
欲張りかな、なんて不安が胸を過ぎったけれど、私の手よりもはるかに力強く抱き締め返してくれる腕に安心する。

なまえ

普段より少し低くて静かな声に視線を上げれば、何度も降り注がれる優しい口付け。

闇夜で煌々と輝く寒色の星屑も頬を撫でていくキンと張り詰めた夜風も苦手だったはずなのに、どうしてか今はそれすらも悪くないなんて思えて。
火照った身体を誤魔化すように、煉獄さんの腕を掴む手に力を込めた。