こごえる唇
「あの山ですね」
「うむ!」
すっかり日が落ちた野路を走りながら、前方に見えた山を指す。
里から続いている野道から山道に入り、警戒を強めながらも足早に獣道を走る。
半時ほど走ったところで、今はもう使われていないであろう朽ちた廃寺が見えてきて足を止めた。
息を潜めながら中を窺うが、鬼の気配も人の気配もない。
それでも微かに漂う不穏な空気と生臭さに眉間を寄せる。
煉獄さんをチラリと見上げれば視線が交わる。
煉獄さんも同じように感じ取ったらしく、互いに小さく頷くと気配を殺しながら寺に入った。
月明かりも入らない薄暗い室内に足を踏み入れて目を凝らしながら様子を窺えば、わずかに残った血痕のような染みと小さな肉片のようなものが見えて眉を顰める。
建て付けの悪くなった裏堂の扉を開けて中を覗き込むと、噛み砕かれてボロボロになった大量の骨が転がっていた。
「多いな」
隣に立って同じように裏堂を眺めていた煉獄さんが静かにそう呟く。
煉獄さんの言葉通り、遺骨は比較的新しい状態のものがほとんどであるのにその数は随分と多い。
「⋯早く見つけましょう」
「そうだな」
裏堂の遺骨に手を合わせて寺を出たところで、どう進むべきかと顔を見合わせていたときだった。
「ー⋯!」
微かに聞こえてきた物音と悲鳴を耳が拾い上げて、音のした方角へと視線を走らせる。
煉獄さんの耳にも届いたようで、言葉を交わす間もなくほとんど同時に駆け出して獣道を越えていく。
これでも鍛えている方だと思うけれど、煉獄さんの姿を見失わないようについていくのがやっとなほど、煉獄さんの速度は早い。
一足先に足を止めた煉獄さんが、道から外れた木々の間に座り込んで声を張る。
「しっかりしろ!意識はあるか?」
「う⋯」
煉獄さんの呼びかけに応じるように呻き声を上げた青年の腕は、肘から下が千切れていて一目で重症だとわかる。
煉獄さんが青年を抱き起こして声をかけている間に、防寒具として身に着けていた首巻きを手で割いて手頃な木の枝を巻きつけながら止血を施す。
「化け物⋯、化け物が⋯、妹を⋯」
意識が朦朧としているのか、青年は魘されるようにそう繰り返すだけで、こちらの問いかけや呼びかけに応えられる状態ではない。
一刻も早く医者に診せなければ命に関わるだろう。
そう判断して、煉獄さんに向き直ると口を開いた。
「煉獄さん、彼を連れて山を下りてください。私は鬼を探します」
「⋯一人で大丈夫か?」
「はい!今はこれもありますから」
もらったばかりの手袋を見せてそう微笑むと、煉獄さんは少しだけ眉を下げて「そうか」と小さく口元に笑みを浮かべて頷いた。
軽々と青年を担いで「何かあったらすぐに鴉を飛ばしてくれ」と言葉をかけてくれた煉獄さんに一礼を返すと、刀を握り直して再び獣道を進む。