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まちがいさがし 第8章

気の進まないまま寝室に入り、一角にあるクローゼットを静かに開ける。

一番下の引き出しにしまわれていたその服を見て、盛大にため息を吐いた。
そうしたところで手に取ったその服が別の服に変わるわけではないのだけれど。

その服を抱えて、再びノロノロと階段を下りて着替えを待つ二人の元へと近寄る。

「あの、これ⋯」

そう言って差し出された服を見た実弥くんが、息を呑んだのがわかった。

「これ⋯」
「ん⋯」

見覚えがあって当然だろう。
それはあの頃、私のアパートに時々来ていた実弥くんのために用意していた部屋着と下着だった。

時々取り出しては洗濯して日干しにしていた。

弥勒には「防犯用だよ」と言い聞かせていたのだけれど。
もちろんその意味もなかったわけじゃないのだけれど。

本当は捨てられなかっただけだ。

何もかも捨ててこの町へ逃げてきたのに、自分の着替えすらろくに持たずに逃げてきたのに、この服をどうしても捨てられなかった。

こんなの、執着心の塊みたいなものだ。
そんなものを実弥くん本人に晒すことになるなんて。

自分の浅ましさを曝け出したことに居心地の悪さを感じて、わずかに身体を引いた。

「実弥!お風呂いこ!」
「あ、ああ⋯」

服を引っ張り出させたのも弥勒だけど、居たたまれない空気を無邪気に壊してくれたのもまた弥勒で、怒るべきか感謝するべきか、なんとも言えない気持ちで浴室へ向かう二人を見送る。

とりあえず料理を作ってしまわないとと気持ちを奮い立たせて、再びキッチンへ立つ。

静かになったリビングに、時折お風呂場から聞こえてくる弥勒の楽しそうな声が届く。
普段から元気な子だけれど、子どもらしくはしゃぐ弥勒の声に笑いが溢れる。

生まれた時から、傍にいる大人は私だけだった。

幼稚園に通っても、同じ年代の子どもには真正面から向き合ってすぐに打ち解けるのに、先生に対しては一向に懐くことも慣れることもなくて。
不意に向けられるシングルマザーへの悪意に敏感で、「母ちゃんを悪く言うな!」と大人に噛み付くこともしばしばあって。

そんな風な環境に弥勒を置いてしまっていることに、罪悪感を感じて。

だから、そんな子が、あんな風にベッタリと大人に懐いていることは、驚きはもちろんあるけれど、それ以上に嬉しいと思う。

どうして実弥くんと出会ったのかはわからないけれど、一緒に遊ぶようになってから今に至るまで、二人が過ごしてきた時間はきっとあの子にとって大切で必要なものだったんだろう。
私がしてあげられなかったことを、実弥くんがしてくれた。

それだけでもう、十分だった。