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まちがいさがし 第8章

「⋯久しぶり」
「っ⋯」

手を伸ばせば届く距離まで歩いてきた実弥くんが、緊張を解くように緩く微笑んでそう言った。
どこか遠慮が滲んだその顔に、心臓がキュッと縮んだ。

「⋯うん、久しぶり⋯」
「えっ、母ちゃんと実弥知り合いだったの?」
「そォ」
「えー!言ってくれれば良かったのに」
「お前が友達にならねェと会わせないっつったんだろォが」

こちらの緊張感などまるで察していない弥勒は実弥くんに体当たりするように絡みついている。
キャッキャと楽しそうに声を上げるその姿を呆気にとられて眺める。

この子がそんな風に大人に接している姿を初めて見た。

「実弥もご飯食べていけば?」
「え」
「えっ」

唐突な弥勒の言葉に、実弥くんと同時に声を上げる。

「知り合いならいいじゃん!ねっ」
「いや、でも」
「いいよね?母ちゃん」
「え、あ⋯、う、ん。大したものじゃ、ない、けど⋯」

不意に話を振られたことに驚いて、考えるよりも先に言葉が出てしまった。
弥勒に押し切られる形で思いがけず頷いてしまった私を、実弥くんが驚いたような顔で見ている。

「よし決まり!実弥、続きやろ!」
「あ、ああ⋯」

呑気に喜ぶ弥勒は同じように呆気に取られていた実弥くんの手を掴んで先程まで遊んでいたらしい玩具に再び向かっていった。

頭はいまだに混乱していて、遊び始めた二人を困惑しながら見つめた。

しばらくそうしていたが、ようやく深い呼吸をして胸を落ち着けると、床に滑り落ちた買い物袋を拾い上げてキッチン台に乗せる。
弥勒と遊ぶ実弥くんの後ろ姿をキッチンからそっと盗み見て、本当に本物の実弥くんがいるんだと改めて実感した。

高校生だったあの頃より身体も逞しくなって、顔つきもより精悍になっている。

久しぶりに見る実弥くんにキュッと締め付けられた胸を抑えて、着替えと手洗いを言い訳に逃げるようにキッチンから抜け出した。

自室で着替えを済ませる間にどうにか平常心を取り戻して、再びキッチンに戻る。

お米を研いで炊飯器をセットして、おかずの下ごしらえを進めながら壁にかかった時計をチラリと見ると、夢中で遊んでいる弥勒に声をかける。

「弥勒、お風呂入っちゃいなさい」
「えー⋯はーい⋯⋯あ、実弥も一緒に入ろう!」
「えっ」

予想外の弥勒の台詞に、再び私と実弥くんが固まる。

「実弥さっきまでビショビショだったし、ね!」
「ちょっと、弥勒⋯」
「いや、でも着替えが⋯」
「母ちゃん、あれ出したら?」
「えっ」
「ほら、ボーハン用とかって言って時々干してる服あるじゃん」

弥勒⋯。

「ねっ!いいじゃん!」

何も知らない無垢な弥勒の台詞に、思わず頭を抱える。
事情も知らない悪気のない弥勒を責めるわけにもいかず、ダメと突っぱねたところで弥勒を納得させられるほどの理由をこの場で思いつくこともできず、言葉を失う。

そうなってはもう、弥勒を止めることなど出来るはずもなく。

「ねっ!いいでしょ?」
「わかったから⋯」
「やったー!」

逃げ場がないことを悟って、観念したように料理の手を止める。
手を軽く洗って水を拭くと、弥勒が言っている服を取りに重い足を引きずって寝室へ向かった。