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まちがいさがし 第8章

「⋯諦められるわけ、ないじゃない⋯」

子どもができたとわかった時から

「⋯実弥くんの子を、諦められるわけない⋯」

大切なものが子どもに変わったの。

教師という夢もキャリアも、大切に育ててくれた唯一無二の両親も、何を捨ててでもこの子を守りたかった。
それが叶うなら、他に望むものなんてなかった。

「なんで言わなかった⋯」
「⋯実弥くんは、まだ高校生で⋯これから、たくさん可能性があって⋯。
 ⋯一時の感情で、⋯実弥くんの未来を、奪いたくなくて⋯」
「俺が、ガキだったからか」
「そういうわけじゃ⋯」
「俺は⋯っ」

「俺は⋯、働いてもねェ余裕もねェただのガキで、なまえに甘えるばっかりで、何の役にも立てなかったけど、でも」

肩を掴む実弥くんの指に力が入る。

「本当に好きだったんだ」

知ってるよ。

なまえが居るだけで良かったんだ」

知ってる。

なまえ以外には何もいらなかったんだ」

全部、ちゃんと伝わってた。
実弥くんが真っ直ぐに伝え続けてくれてたから、知ってたの。

だから。

「私が居たらダメだったの⋯」
「は⋯?」
「⋯あの時、子どもが出来たって言ったら実弥くんはどうしてた?」
「っ⋯」
「今と同じようになってた⋯?」
「それは⋯っ」

実弥くんもわかっているはず。
自分の将来も夢も家族も、何もかも捨てる選択を実弥くんがしていたであろうことを。

「高校生だからとか愛想つかしたからとかじゃない⋯」

本当に好きだったの。

「実弥くんが私を大事にしてくれたように、私もしたかった」

それが実弥くんの為になると思った。

「子どもを諦められなかったのは、私の我儘なの」

子どもを選んで、それ以外の何もかもを捨てて逃げたのは、自分の我儘を貫くためだった。
一人になってもいいと思えるくらい、あなたがたくさん愛してくれから。

「ごめんね、勝手に産んで⋯」
「っ⋯」
「でも、何かしようなんて思わなくていい」
「なっ⋯」

少し緩んだ実弥くんの指をそっと掴んで、肩から外す。
俯いた実弥くんの顔を下から見上げて、微笑みながら言葉を続ける。

「覚えてる?実弥くんが初めて好きだって言ってくれたときのこと」
「忘れるかよ⋯」
「あのとき私が言った言葉も覚えてる?」
「ー⋯」
「『勝手に幸せになるから』」

そう、だから私は

「実弥くんと付き合い始めてから、弥勒を産んで育ててる今日までずっと、幸せなの」

真っ直ぐに愛を伝えてくれる人に出会えて、陽だまりのような温かい思い出をたくさんもらって、その人の子どもなら産みたいと思えるほど愛しい人の子どもを授かって。
あなたによく似たあの子の成長を傍で見守ることができて。

ずっと、もうずっと幸せなの。

「ね?私、勝手に幸せになってるでしょ」

だから何も気に病む必要なんてない。

実弥くんは、実弥くんの人生を生きていってほしい。
そこで見つけた幸せを大事にしてほしい。

そこに私はいなくていい。

私はもう、幸せをもらったから。

実弥くんの胸を押してそっと距離を取って、これで話は終わりと言わんばかりに実弥くんに背を向けた。
反射的に零れそうになる涙を必死で飲み込んで、息をつく。

これで終わり。

もう全部、終わりにしよう。