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まちがいさがし 第8章

「母ちゃん!おかえり」
「弥勒、ただいま」

仕事を終えて帰宅すると、すでに帰宅していたらしい弥勒が出迎えてくれた。

楽しそうに跳ねる弥勒の頭を一撫でする。
靴を脱いで揃えたところで、見慣れない靴が弥勒の靴の隣に並んでることに気付いた。

「誰か来てるの?」
「うん、ほら前に話してた兄ちゃん」
「ああ、例のお兄さんね」

ここ最近、毎週末に公園で遊んでくれる年上のお兄さんがいることは聞いていた。

同い年か年下の子とばかり遊ぶことが多かった弥勒にとって、年上に思いっきり甘えられることは相当楽しいようで、毎週あれしたこれしたと聞かされていた。

「遊んでたら雨降ってきちゃって、兄ちゃんが傘買ってくれたんだ」
「えっ、そんなご迷惑を⋯」
「でも兄ちゃんの方が濡れてたから連れてきたんだ」
「そうだったの⋯」
「で、おやつも一緒に作ってくれた!」
「ええ⋯テーブルの上におやつ置いといたでしょ?」
「遊びに行く前に食べちゃったよ」
「もう⋯」

嬉々として話す弥勒に、そんなことまでさせてしまったのかと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
と同時に、年のわりにしっかりしている弥勒がそこまで甘えきっている大人が自分以外にもいることに少なからず驚いていた。

顔を綻ばせて話す弥勒を見ていると、怒る気も沸かなくてため息をついて微笑んだ。

「ちゃんとお礼しないとね」
「うん!」

買い物袋を持ち直してリビングの扉を開ける。
電気もつけずに遊んでいたのだろう、部屋の中は夕日が差し込んでいるものの薄暗い。

扉を開けると同時に人影が立ち上がるのが見えて、慌ててペコリと頭を下げた。

「ご挨拶が遅くなってすみません、弥勒の母です」

荷物を下ろすのも忘れて、感謝と謝罪を伝えようと気が焦って下げた頭をゆっくりと持ち上げる。

「息子が大変お世話に⋯」

すぐにはわからなかった。
だけど、夕焼けに照らされた部屋の中で、上げた視線のその先にいた人物に言葉が止まる。

「っー⋯」

なんで。

どうして。

ーガサッ

思いも寄らなかった人物に、思考が停止して固まった指先から買い物袋が音を立てて床に落ちた。
ここにいるはずのない彼が、もう会うこともないと思っていた彼が、どうして。

「母ちゃん!友達の実弥!」

何も知らない無邪気な弥勒だけが、私と彼の間に立ってクルクルと回っている。

「あ⋯、っ」

なんて言えばいいんだろう。
言葉が出てこない。

動くことも声を発することもできず、無言で近づいてくるその人から目が反らせない。