まちがいさがし 第8章
夕飯の後片付けをして、散らかった玩具や洋服を片付けて、少しだけ部屋を掃除して、手持ち無沙汰になっても実弥くんが出てくる気配はなくて、待つのを諦めてお風呂に入った。
温かい湯船に肩まで浸かって心地いいはずなのになんだか落ち着かなくて、このまま泡になって消えてしまいたいとさえ思えてくる。
身体を洗いながら、髪を濯ぎながら、何度もため息をついては泣きたい気持ちに襲われる。
それでも自分を奮い起こして、ようやく覚悟を決めた。
お風呂から上がってリビングに戻ると、実弥くんの姿が見えた。
待たせてしまったかと慌ててソファに座る実弥くんに駆け寄って頭を下げながら声をかける。
「ごめんね、待たせちゃって⋯」
「いや、今出てきたとこだから」
「弥勒寝た?」
「ん」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯何か、飲む?」
「いや⋯」
重い空気がリビングに漂い、居たたまれなくてソワソワと身体を動かしたときだった。
「俺の子だよな?」
「っ」
不意に立ち上がった実弥くんが落とした確信を突く言葉に、身体がビクッと震える。
感情の見えないその問いかけに戸惑いながら、ゆっくりと実弥くんの方へ視線を向けると真っ直ぐにこちらを見る視線とぶつかる。
「見りゃわかるが、一応。そうだよな?」
「ちょ、ちょっと待って⋯っ」
距離を詰めてくる実弥くんを手で制して、リビングに隣り合っている弥勒の部屋に視線を向ける。
いつ起きてくるかわからない弥勒のすぐ傍で、こんな話を続けるわけにはいかない。
そう判断して、小さく息をつきながら目を伏せる。
「あの子に聞こえちゃうから、上で話そう⋯」
「⋯わかった」
リビングを出て、気まずい空気を纏ったままノロノロと階段を上り、寝室へ入る。
大人しく後をついてきた実弥くんを招き入れて、静かに扉を閉めた。
扉に手を添えたまま振り向くことも口を開くこともできずにいる私のすぐ後ろで、実弥くんが苛立ちを滲ませている気配を感じる。
「⋯なんで言わなかった?」
「⋯⋯⋯」
「なんで何も言わずに消えた?」
「⋯⋯⋯」
「なまえ!」
「っ」
肩を掴まれて振り向かされて、弾みで見上げた実弥くんの顔には、悲しげな色が浮かんでいて、心臓がギュウッと掴まれたような息苦しさを感じる。
「⋯ごめんなさい」
「謝ってほしいんじゃねェ⋯」
絞り出すように吐かれた言葉に、心臓も内蔵も握り潰されるような息苦しさを覚える。
「俺は⋯なまえが俺に愛想を尽かして逃げていったと思ってた。普通に別れてくれって言われても駄々をこねる俺を見越して、何もかも捨てて逃げたんだと思ってた」
「⋯⋯実弥くん⋯」
「俺から逃げることがなまえの望みなら、何もしねェのがなまえに報いることだと思ってた」
違う。違うの。
「なのにっ⋯教師も辞めて親にも勘当されて、それまで築いてきた色んなもん捨てて、なんで俺なんかの子ども産んでんだよ⋯っ」
「なん、で⋯知って⋯」
「大事なもん全部捨てるくらいなら、子どもを諦めれば良かったんだ⋯」
顔を歪めて苦しそうに吐かれた台詞は、きっと実弥くんの本心じゃない。
でも、嘘でもそんなこと言わないで。