yumekago

ふつつかな愛ですが

ソファの上で抱き合って甘い時間を少しだけ堪能してから、わずかに距離をとって煉獄さんの顔を覗き込む。

「煉獄さん」
「ん?」
「お誕生日、やり直させてくださいね」

私の言葉に、煉獄さんは暫し目を瞬かせて眉を下げて笑うと、「ありがとう。楽しみだな」と言ってまた一つキスをくれた。

きっと煉獄さんは主役として誕生日を祝って欲しいなんて思ってはいないんだろうけれど、遠慮して何もさせないことが私の負い目につながると知っているから、そう言ってくれたんだと思う。
本当に、何一つ敵わないなぁ。

「どこか行きたいところとか、食べたいものとか、ありますか?」
「うーむ⋯」

話が流れてしまわないうちに予定を決めてしまおう、なんて矢継ぎ早ににそんな質問をぶつけたけれど、煉獄さんは顎に手を当てて首を捻る。

私からもなにか選択肢を、と同じように首を捻って考えてみたけれどすぐには出てこなくて、インターネットでなにか探してみようかと携帯を手にとったところで、タイミングよくポコンとメッセージの受信音が鳴った。

画面を点けてみると仕事で使っているチャットアプリに通知マークがついていて、幸せだった気持ちに少し水を差されたような心持ちになる。

もう少しだけでいいから、仕事のことを忘れて煉獄さんと過ごしたいなぁなんて甘い考えが湧いてきて、アプリを開かないまま携帯を伏せると煉獄さんの胸元に凭れかかった。
トクトク、と緩やかな心音が聞こえてきて眠気を誘われそうになる。

そういえば、仕事で思い出したけれど。

「今日、お休みとってくれたんですよね⋯?」

視線だけ上げてそう尋ねると、煉獄さんはほんの少し視線を泳がせながら「あー⋯」と彼に似つかわしくない躊躇いを帯びた声を発する。

私が大見得をきって祝う宣言をしていた手前、休みをとっていないと言うのも憚られるけれど、かといって休みをとったと答えれば、私が休みを潰してしまったことを気に病むと心配しているのだろう。
煉獄さんらしい気遣いに胸が温かくなるけれど「正直に言って欲しいです」と答えを促した。

「休みはとっていたんだが⋯、その、昨日から君に連絡がつかなくて落ち着かなくてな⋯。
 気を紛らわせようとして仕事をしていたら、同僚に叱られたんだ」
「えっ」
「休むならきちんと休めと言われて、明日代休をとることになった」

珍しくバツが悪そうな顔で頬を掻く煉獄さんに、煉獄さんでもそんなことがあるんだ、なんて笑いが込み上げてくる。
そもそもの原因を作ったのは私なので、とても笑えるような立場ではないことは百も承知なのだけれど。

「だから⋯」

私を抱き締めている腕に力が入って、二人の距離が少しだけ縮まる。

「君が良ければ、もう少し一緒に居たいんだが⋯」

普段よりも低い、熱を帯びた声でそう囁かされて、背中が粟立つような感覚がする。
耳から脳に響いてきた声の熱が、全身に広がっていくような、そんな感覚。

煉獄さんの希望に添いたいという気持ちはただの建前で、本音を言ってしまえば、このまま甘い時間に身を委ねてしまいたいだけ。

会社員の本分を!と叫ぶ理性を、ワークライフバランスを!ストレスケアを!と叫ぶ本能で押し返して、伏せていたスマホを持ち上げると仕事で使っているチャットアプリを開いた。

部署のチャンネルで『明日お休みさせてください』と投稿しようとアプリを立ち上げたところで、先に来ていたメッセージを思い出して未読のマークがついている場所をタップする。

「あ」

思わず漏れた声に、煉獄さんが首を傾げる。

届いていたメッセージにタタタッと素早く返信をしてから、不思議そうな顔をしている煉獄さんをチラリと見上げて、メッセージ画面を開いたまま煉獄さんの眼前にズイと差し出した。

そこには、つい数分前に届いたばかりの『作ってもらった資料、クライアントから好評で無事に受注できたよ!契約書が届くまでは暇だから明日も代休とってリフレッシュしてね』という先輩からのメッセージ。
そのすぐ下には数秒前に返信した感嘆符に囲まれた、渾身の『ありがとうございます』。

微動だにしない煉獄さんの様子を窺うように顔を傾げて携帯越しに覗き見れば、今日初めて見る、私が一番大好きな煉獄さんの笑顔が広がっていた。