yumekago

ふつつかな愛ですが

少し違和感を覚えながらも、メッセージ画面を開いて順に内容を確認する。

1件目のメッセージは、昨日の着信の直後。
『急に電話してすまない。気にしないでくれ』というシンプルなもの。

2件目のメッセージは、今朝。
『おはよう。相変わらず忙しそうだな。無理だけはしないように』という煉獄さんらしい気遣いが感じられるもの。

3件目のメッセージは、今日のお昼過ぎの着信の後。
『何度も連絡してすまない。君が無事でいるか気掛かりだ。多忙なことは承知しているが、無事でいるなら一言で構わないから返事がほしい』という、気を揉んでいる様が目に浮かぶ内容だった。

煉獄さんに心配をかけてしまったと反省しながらメッセージを打ち始めたところで、昨日の夕方の着信は何だったのだろうと少し思考を巡らせる。

煉獄さんは、私が多忙なことを心配しながらも理解してくれていたから、連絡を取るのは手が空いた時間に私からするのがここ数週間の慣例になっていた。
煉獄さんから電話をかけてくるなんて、なにか伝えたいことがあったのだろうか。

ポチポチと指を動かしながらふと視線を上げると、壁にかけてあったカレンダーが視界に入る。
何の気なしにカレンダーの日付を目で追って今日の日付を認識した瞬間、サァっと血の気が引いた。

カレンダーに一際目立つように、赤ペンで花丸を付けていた日。

その花丸の下に、太めの赤いインクで大きく書かれている『煉獄さんの誕生日』という文字。

煉獄さんの誕生日?今日!?嘘っ!

一瞬停止した思考を無理やり動かすも、混乱した回路がまともに働くはずもない。
慌ててテレビをつけてニュース番組にチャンネルを合わせるとキャスターが今日の天気を振り返っていて、にこやかな笑顔を浮かべるキャスターの隣に『5月10日の天気』というテロップが表示されていた。

今日は5月10日で、煉獄さんの誕生日。

初めて二人で祝えるその日を私はずっと楽しみにしていて、どうしたら喜んでくれるかを2ヶ月も前からアレコレ考えていて、当日は休みをとって煉獄さんが行きたい場所へ行って好きな料理を食べてプレゼントも贈ろうと決めていた。
私が『煉獄さんのお誕生日は、私絶対にお休み取りますから!』って宣言したことを、きっと煉獄さんは覚えてくれていた。

そのために、一ヶ月も前から今日は必ず休むと先輩や上司に宣言していたのだ。

それなのに。

まさか、そんな大切な日を、事もあろうに忘れていたなんて。

仕事で手一杯になっていたなんて、言い訳にもならない。
自分から祝うと言い出したくせに、そんな約束すら守れないなんて最低だ。

それにもし煉獄さんも休みを取ってくれていたのなら、私は煉獄さんの休みすら無駄に潰してしまったことになる。

自分の馬鹿さ加減に心底嫌気がさして、吐き気すら覚える。

どうしよう。

誠心誠意謝るのなら、直接会いに行って頭を下げるべきだ。
そう思って玄関に向かうも、自分がお風呂から上がったばかりだということに気が付いて足を止める。

髪も濡れているし部屋着のままだしお化粧もしていない。
もはや髪の毛やお化粧はどうでもいいけれど、でもせめて着替えだけはしなければ。

そう思って部屋に戻りかけたところで、握り締めたままだった携帯に気が付く。

メッセージを返す途中だったけれど、急ぐなら電話をかけた方が早い。
でも急に電話しても出てもらえるかわからないし、それなら取り急ぎメッセージを残した方がいいかもしれない。

そう思い至って再びメッセージ画面を開くが、パニック状態の思考では最適な言葉なんて浮かぶはずもなく、メッセージを打っては消して打っては消してを繰り返す。

静かな部屋に響く、カチコチとリズミカルに時を刻む時計の音が無邪気に焦りを煽ってくる。

時間の経過とともに焦りと不安、自分自身への苛立ちがどんどん募ってきて、あまりの不甲斐なさに涙腺を刺激されて、涙が一筋頬を滑る。

なんて謝ればいいのかわからない。
都合のいい言葉なんてあるはずもないし、例えそれを無機質なメッセージで告げたところで誠意が伝わるとも思えない。

惨めでも情けなくても居たたまれなくても、直接謝りに行こう。

そう思って、せめて着替えだけはしようと踵を返したときだった。