ふつつかな愛ですが
「煉獄さん、ごめんなさい」
喉元で引っかかって尻すぼみになりそうな声を、なんとか振り絞って言葉を紡ぐ。
何もかも言い訳に過ぎないことも、保身まみれの言葉を聞かされたところで何一つ解決しないことも、わかっているけれど。
「私⋯、煉獄さんの誕生日、⋯忘れてました。お祝いするって言ってたのに、約束守れなくて本当にごめんなさい⋯」
溢れそうになる涙を必死で堪えて、震える声を必死で抑えて、感情的にならないように平静を装うだけでいっぱいいっぱいで、煉獄さんの顔を見る余裕なんて全然なかった。
「お誕生日なのに⋯、煉獄さんに心配かけて、振り回して⋯。
仕事だって、応援してもらったのに半人前で、全然うまくできなくて⋯」
残業なんてする必要がないくらいに仕事を一人前にできていれば、今朝まで会社に缶詰になることだってなかったし、カレンダーをこまめに確認する余裕だって、何か想定外のことが起きてもリカバリーする余力だって、きっとあったはず。
ポツポツと言葉を紡ぎながら、情けないやら恥ずかしいやら、まぜこぜに絡み合った負の感情が津波のように襲ってきて、堪え切れない涙が床に落ちて小さな水たまりを作る。
不甲斐なさも力不足も全部自分の責任なのに、それを言い訳にするなんて。
なんてみっともないんだろう。
こんなの、愛想を尽かされたって仕方がない。
「ごめんなさい⋯」
泣かないと決めたはずの誓いはとうに崩壊してしまって、ボロボロと溢れ出る涙を拭いもせずにバカみたいに謝罪の言葉を繰り返す。
こんな真似、煉獄さんを困らせるだけなのに。
手と足が床とくっついてしまったかのように頭を下げたまま動けずにいる私の頭上で、煉獄さんがふっと息をつく気配がした。
私はと言えば、俯いているせいで煉獄さんの表情も溢れたため息の意図もわからなくて、一気に不安に襲われる。
怖い。逃げたい。そんな卑怯な思いに囚われる自分が本当に嫌になる。
言葉を発することはおろか、身動きひとつとることすら憚られて固まっていたら、スッと煉獄さんが動く気配がして、瞬時に息を呑んで身構える。
降ってくる言葉が文句だろうか罵倒だろうが別れの言葉だろうが、私はそれを受け入れなければいけない。
そう覚悟して、固く目を閉じて震える唇をキュッと噛んだ。
だけど。
頭上から影が落ちてきたと思った瞬間、冷たく強張っていた私の手に温かい何かが重なって、反射的に顔を上げた。
「っ」
向かい合った私を、真剣な顔をした煉獄さんの瞳が真っ直ぐに捉える。
射抜くような眼差しにわずかに緊張が走ったが、それを察したのだろう、煉獄さんが不意に肩の力を抜いてふっと微笑んだ。
「そんなに泣かないでくれ」
まるで子どもをあやすような声色でそう言葉を零した煉獄さんの手が、私の頬に触れる。
幾筋も頬を伝う涙を親指で拭いながら、静かに言葉を紡ぐ。
煉獄さんの丁寧な仕草や優しい声に居たたまれない気持ちになって、思わず視線を伏せて俯いた。
そんな風にしてもらえるような立場じゃないのに。
それでも。
「顔を見せてくれないか」
顔にかかった髪の毛を手で優しく払い除けながら穏やかな声色でそう請われれば、抗う意思なんて吹き飛んでいってしまう。
恐る恐るもう一度視線を上げれば滲んだ視界越しに瞳がぶつかって、煉獄さんが目を細めて笑う顔が見えた。
「いい顔をしているな」
「え⋯?」
「この数週間で君がどれほどの努力を重ねたか、顔を見ればわかる」
その言葉に目の奥が熱くなって、せっかく拭ってくれたのにまた涙が滲んだ。
眉を下げて笑う煉獄さんが少しだけ距離を詰めたと思ったら、次の瞬間には煉獄さんに抱き締められていて。
小さな子どもにするみたいに、頭をポンポンと撫でられる。
「よく頑張ったな」
「っ⋯」
耳元で聞こえてきたその言葉に、ここ数週間ずっと張り詰めていた緊張の糸が不意に緩んでしまって、涙腺が決壊したように涙が溢れ出した。