ふつつかな愛ですが
ーピンポーン
すぐ傍の玄関ドアから来客を告げるチャイムが響いてきて、思わず眉間に皺が寄る。
私には時間がないというのに、こんなときに一体何だと言うのだ。
今この瞬間は、他の何を差し置いても、兎にも角にも着替えを済ませて一秒でも早く煉獄さんに謝りに行きたかった。
普段ならば風呂上がりの部屋着で来客に応じることは躊躇われるところだけれど、今の私にそんな気遣いをしている余裕があるはずもなく、半ば投げやりな気持ちでドアを開けた。
瞬間。
「なまえ!」
顔を上げるよりも早く耳に届いたよく通る声に、動きが止まる。
聞き間違えるはずがない。
ずっと聞きたくて、恋い焦がれていた人の声を。
それでも、覚悟を決めきれていないうちに訪れてしまった謝罪のタイミングに不安が込み上げてきて、すぐには顔を上げられなかった。
怒っていたら。
呆れられていたら。
愛想を尽かされて、嫌われてしまっていたら。
そんな悲観的で自分勝手な考えばかりがグルグルと思考を巡って、謝りに行こうと決めていたはずなのに今すぐにでもここから逃げたい衝動に駆られる。
それでも、今にも心を覆い尽くしてしまいそうな弱気を押し殺して唇を噛み締めると、恐る恐る顔を上げた。
「ー⋯」
そこには予想に反して、いや、冷静になって考えてみれば、何よりも他人を思い遣る性格の彼らしい面持ちを浮かべた煉獄さんがいた。
「無事で良かった」
眉を下げて微笑みながら、安堵を滲ませた優しい声でそう呟いた煉獄さんに胸が締め付けられる。
そんな風に心配してもらえる立場ではないのに。
「⋯煉、獄さん⋯」
「急に押しかけてすまない。君が多忙なことは理解しているつもりだったんだが、携帯の電源が入っていないことが気掛かりでな」
少しだけばつが悪そうな顔でそう零す煉獄さんに胸が鳴る。
自分の過ちを謝らなければならない立場だというのに、久しぶりに会えた煉獄さんに能天気に喜んでいる正直すぎる心に我ながら呆れる。
そんな自己嫌悪を抱えたまま、すぐにでも謝らなければと頭を切り替える。
とは言え、さすがに玄関先で立ったまま済ませるのは失礼が過ぎるというものだろう。
「あの、上がってください」
強張ったままの表情でそう声を発した私に、煉獄さんはしばし目を瞬かせた後「いいのか?」と首を傾げる。
それにコクンと頷きを返せば、屈託のない朗らかな笑みが返ってきた。
自分から言い出したことだったけれど、掃除が行き届いているとは言えない部屋に煉獄さんを招いたことに後悔を覚えながら、ひとまず飲み物を出そうと備え付けのキッチンに立つ。
だけれどろくに買い出しにも行っていない冷蔵庫は見事なまでに空っぽで、冷たいお茶すら入っていない。
仕方なく沸かしたてのお湯でお茶を淹れて、ソファに座って待っている煉獄さんの元に戻ると、テーブルにお茶を置いて床に腰を下ろした。
「すみません、こんなものしかなくて⋯」
「構わない、ありがたく頂こう!」
初夏のような暖かい気候の日に、よりにもよって熱いお茶を出すなんて。
何もかもが不手際すぎて、正直泣きたくなってくる。
込み上げてくる涙をグッと堪えて一息つくと、不甲斐なさに歪む顔を隠すように頭を下げて口を開いた。