yumekago

ふつつかな愛ですが

何か言葉を返さなければ、と思えば思うほどに頬に熱が集まって焦りが先行する。

パクパクと金魚みたいに息を吸っては吐くだけの機能しか果たさない口では何の役にも立たず、言葉で返すことを諦めた私は無我夢中で煉獄さんの背中に手を回してギュウっと抱きついた。
到底枯れそうにない溢れるほどの想いが、全部全部伝わればいいのにと思いながら。

それが叶ったのかはわからないけれど、煉獄さんがふっと息をついて、二人を包む空気が優しく緩んでいく。

身体の前後に回されている腕に力がこもって、同じだけの力で抱き締められる。
少し苦しくて、すごく幸せな時間。

不思議。
煉獄さんに抱き締められているだけで、身体の奥底から力が湧いてくる。

焦りも疲れも、不甲斐なさも申し訳なさも、ネガティブな感情が全部溶けて消えていって。
心の奥底に蹲っていた誰かを愛おしく思う気持ちや人に優しくありたいと願う気持ちだけが跡に残されていくような、そんな感覚。

今はまだ半人前な仕事も恋も、きっと大丈夫だと根拠のない自信に満たされるような、そんな感覚。

煉獄さんの誕生日なのに私がしてもらうばっかりでダメだなぁ、なんて反省が脳裏に浮かんでくるけれど、そんな情けない自分ですら赦してあげてもいいのかもしれないなんて、そんな気さえしてくる。

この腕の中以上に心地良くて幸せな場所なんて、私はきっとこの先一生知ることはないんだろうな。

あぁ、できることなら。

「「ずっと、こうしていたいな⋯」」

ぽつりと呟いた独り言が思いがけず重なって聞こえてきたことに驚いて顔を上げれば、同じように目を見開いてこちらを見つめる煉獄さんと視線がぶつかる。

互いにポカンと口を開けて目をパチクリさせること数秒、どちらともなく笑いが込み上げてきて、額をぶつけるように顔を寄せて笑い合った。

「本当は、」

ひとしきり笑った後、笑い涙を浮かべる私の目元を指で拭いながら煉獄さんがおもむろに口を開く。

「君に提案したいことがあったんだ」
「提案、ですか?」
「あぁ、あくまで提案だ。君には断る選択肢もあるから、できれば俺の誕生日でもなく、君が俺に引け目を感じていない時が良かったんだが」

そう前置きをしてから、煉獄さんはコホンと小さく咳払いをして、私の瞳を覗き込むように少しだけ身を屈めて視線を交わすとよく通る声で再び言葉を発した。

「一緒に暮らさないか?」
「え⋯」
「できればその前に、俺の家族になまえを紹介したいし、君の家族にも挨拶したい」

唐突に投げかけられた想定外の提案はこれから先の未来を確約するようなニュアンスを含んでいて、思わず期待してしまいそうになる。
煉獄さんは人の気持ちを弄ぶような人では絶対にないけれど、それでもぬか喜びが怖くて「それって⋯」と独り言のような声が溢れた。

「結婚を前提に、君と同棲したい、ということだ」

凛とした声と満面の笑みでそう言い切った煉獄さんの言葉が、嘘や冗談でないことはわかる。
そもそも、煉獄さんはこんな軽口を叩けるような人じゃない。

だけど、思いもよらなかった煉獄さんからの提案は夢みたいで。
まるで宝くじにでも当たったように現実感がない。

「⋯嬉しい、です。でも、どうしてそんな、急に⋯?」
「ずっと考えていた。君の仕事や趣味、友人や家族との付き合いに口を挟む気はないが、空いている時間はできれば一緒に過ごしたい。君の元へ向かっている時間すら、惜しいくらいなんだ」

今日だって、と独り言ちるように落ちた声が二人の間で甘く溶けていく。
少し眉を下げながら柔らかく微笑んで請うように言葉を発する煉獄さんに、心臓がギュウッと掴まれたみたいに苦しくなって、胸元を抑えるように手を宛てながら最後の不安を煉獄さんにぶつけた。

「⋯私、で、いいんですか⋯」
「言っただろう、俺だって君を独占したい。そう思うくらい、君が好きなんだ」

あまりにも贅沢な台詞を耳が拾い上げて、涙を堪えるように眉間にギュッと力を入れたけど視界がジワリと滲んでくる。
少しでも口を開いたら嗚咽が漏れてしまいそうで、唇を固く噛み締めたまま衝動的に手を伸ばして煉獄さんの首に腕を回した。

わずかに驚きながらも悠然と受け止めてくれた煉獄さんにしがみつくように抱きついて、鼻を啜りながら「返品不可でもいいですか?」と涙まじりの声で悪戯っぽく尋ねてみれば、「頼まれても手放すつもりはないぞ」と同じように返された。

ふわふわとした夢見心地のような感覚の中、解けていく緊張やら隠しきれない気恥ずかしさやらで私の唇から溢れた笑いを飲み込むようにキスが降ってくる。

二度三度、喰むように唇を啄ばんで離れた煉獄さんが上目遣いをするように私の瞳を覗き込んで、少しだけ不安気に揺れる眼差しを向けられる。

「それで⋯、君の返事は?」

煉獄さんと同じように、一つの滞りも漏れもなく、いつだってすべてを完璧に最高に、なんてそんな風に愛を伝えることなんてきっとできないけれど。
不器用な自分に落ち込んだり苛々したりするときだってきっとあると思うけれど。

それでも、あなたがいいと言ってくれるのなら。

「末永く、よろしくお願いします」

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