虹色のナラタージュ 第1章
それはもう幾度も蘇ってくる遠い記憶だった。
閉ざされた里に漂う陰鬱な雰囲気と光を移さない瞳をした人々。
どこを見てもそんな色褪せた景色しか視界に入らないその世界で、俺はただ与えられた役割を淡々とこなすだけの駒だった。
そんな世界でただ一つ、日の当たる場所があった。
「なまえ」
「天元、いらっしゃい」
里の外れにある平屋の玄関を潜り、所狭しと薬草が植えられた薬品の香りが満ちる奥の方へ声をかけると、奥から見知った顔がひょっこりと現れた。
柔らかい微笑みを浮かべたその顔に緊張が解れていくのを感じる。
「何か探しもの?」
「解毒剤と消毒薬をもらえるか?」
「うん、ちょっと待ってね」
俺の依頼になまえは軽く頷くと、室内に置かれていた机に向かう。
こちらに背を向けながら準備を始めたなまえの後ろ姿を眺める。
幼い頃から見ていたその姿は相変わらず線が細く頼りないものではあるけれど、ひどく安心感を覚えるものだった。
「やぁ、天元くん。いらっしゃい」
「お邪魔してます」
奥から出てきたなまえの父に言葉を返す。
俺に穏やかな微笑みを向けてから、なまえの父は器具を揃えて薬草を摘むなまえに声をかける。
「なまえが調合するのかい?」
「うん、解毒剤と消毒薬なら私でもできるでしょ?」
「そうだね。何事も練習だ」
忍の家系では考えられないほど和やかな会話。
世間一般の普通の家庭など知らない俺にとって、ここは唯一普通を感じられる場所だった。
「手を切らないように気を付けるんだよ」
「うん」
作業するなまえの手元を横から覗き込みながら優しく声をかけるなまえの父をチラリと見る。
穏やかな笑みを浮かべるなまえの父は、昔こそ忍として任務に当たっていたが、なまえが産まれたのを機に足を洗ったらしい。
産まれた子は忍にしないと言い切ったなまえの父の言葉を里長でもあった俺の父が受け入れざるを得なかったのは、なまえの父が里唯一の薬師だったからだ。
忍の世界を知らないなまえの傍は心地良かった。
先刻まで生きていた人間が当たり前のように死んでいくこの世界で、感情のない虚ろな目をした絡繰のような人間ばかりのこの世界で、なまえだけが異質だった。
その異質さが、心地良かった。