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虹色のナラタージュ 第1章

フッとなまえが息を漏らす音が聞こえた。
と同時に、俺の手に握らせたクナイをなまえの指が抜き取ったのがわかって目を開ける。

抜き取ったクナイをなまえの細い手が握りしめて、躊躇うことなく自分の喉元へ突き刺そうとした。

「っ!」

クナイがなまえの喉元へ刺さる前に、かろうじてなまえとクナイの間に手を滑り込ませた。
瞬間に鋭い痛みが掌に走る。

「っ⋯」

一寸の迷いもなく突き立てられたクナイは俺の掌に刺さり、吹き出した鮮血が白い砂浜に落ちて染みを作っていく。

滴り落ちる血を捉えたなまえの瞳が動揺したように揺れて、震える手がクナイから離れるとパサッと軽い音を立ててクナイが砂浜に落ちる。

「⋯天元、血が⋯」

流れ出た血を見たなまえの顔にはわずかに感情が現れていて、穏やかな世界にいたときのなまえの姿が重なる。

息を呑んだ俺に構うことなく、なまえは自らの着物の裾を引き裂くと、細く切ったその布を血が滲む俺の掌に手際よく巻いていった。

「ごめんね、消毒薬ないから⋯帰ったらちゃんと手当してね。ごめんね⋯」

なんでこんなときですら俺を気遣うんだ。
申し訳なさそうな顔で謝るなまえに、これ以上自分の気持ちを見て見ぬフリなんかできなかった。

布の巻かれた手でなまえの手を掴んで、そのまま腕に力を入れてなまえを抱き寄せた。

「っ」

閉じ込めた腕の中で、なまえが小さく息を呑んだのがわかった。

初めて抱き締めたその身体は驚くほど頼りない。
鍛えられたくノ一とは違う、何の訓練も受けていない弱く脆いその身体で、なまえは度重なる弟の暴行に耐え続けていたのか。

胸を締め付ける痛みから逃げるように、なまえを抱き締める腕に力を込める。

「天元⋯」

閉じ込めた腕の中から聞こえるなまえの声が震えている。

なまえ⋯、俺はお前を殺せない」
「⋯じゃあ、」
「連れ戻すこともできねぇ」
「でも⋯」

自分の不甲斐なさに辟易する。
他の選択肢があるわけでもないのに、俺は提示された選択肢のどちらをも決断できない。

でもなまえ、お前を地獄に連れ帰ることも、命を奪うことも、俺はしたくない。

そのどちらをも選べないのなら。

「俺と逃げるか?」
「え⋯」

こんなクソみたいな世界から、お前だけは連れ出す。
自分の命を失ったとしても、何を犠牲にしたとしても、なまえだけは守る。

背中を押してくれたまきをたちを頭の片隅に思い浮かべて、届くはずもない謝罪の言葉を述べながら俺は覚悟を決めた。

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