虹色のナラタージュ 第1章
「はい、できたよ」
「あぁ、ありがとう、助かった」
小さくまとめられた包みを受け取ろうと礼を言って手を伸ばしたところで、なまえが「あ」と小さく声を上げる。
「天元、怪我してる」
「⋯?」
眉間に皺を寄せたなまえにそう言われてその視線の先を目で追えば、二の腕のあたりがザックリと切れているのが見えた。
全く気付かなかった。
確かに切れてはいるが、毒にも痛みにも慣れたこの身体には些細な傷だ。
そう思って「大したことねェ」と躱そうとしたけれど、俺が腕を振りほどくよりも先になまえが腕を掴んで引っ張る。
「治療するから、ここ座ってて」
「あ、おい」
「お父さん、天元が逃げないように見張っててね」
「はいはい」
そう言い残して奥へ引っ込んでいったなまえに呆気に取られていると、なまえの父が申し訳なさそうな顔で笑う。
「すまないね、悪気はないんだ」
「わかってます、なまえは昔からああですから」
苦笑を漏らしながら返した俺の言葉に、なまえの父が柔らかく微笑む。
「はい、じゃあ治療するね」
薬箱を手に戻ってきたなまえは、手慣れた様子で傷を治療していく。
自分の半分ほどしかない小さな掌が肌に触れるたび、感覚などとうに消えたはずの己の身体がその温かさに反応するのを自覚する。
小さな傷に真剣に向き合うなまえを見ていると、自然に笑顔が広がる。
その感情を何と呼ぶのか俺にはわからなかったが、忍である自分を忘れられるなまえとの時間がこの世界でただ一つの拠り所だった。
なまえだけは、こっちの世界に巻き込むわけにはいかない。
この退屈で平穏な日常を守ることが、忍である自分の使命なんだと思っていた。
親父が体調を崩し始めて後継問題が勃発し、後を継ぐことを拒否した俺に失望した親父が弟を次期家長に指名したときは正直ホッとした。
そして同時に一抹の不安が胸を過ぎった。
親父はずっと、なまえの父の知識を手に入れたがっていた。
人に頼ることなくその知識を独占してしまえば、衰退の一途を辿る一族の地位を下支えすることができるからだ。
ただそのためだけに、親父はずっとなまえとなまえの父を狙っていた。
だから家長となった弟に嫁が宛てがわれたとき、その中になまえがいなかったことに心底安堵した。
忍ではないなまえが嫁に選ばれる可能性はほとんどなかったとは言え、それでも言い様のない不安はずっとあった。
なまえの生活が脅かされないならそれでいい。
今までと同じように、日の当たる場所で穏やかに暮らしていてくれるならそれで良かった。
そう思っていたのに。