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虹色のナラタージュ 第1章

俺の問いかけには応えずに、静かな声で「場所、変えよっか」とだけ告げたなまえに従って少しだけ離れた寂れた港町に辿り着いた俺たちは、町外れにある空き家に身を潜めた。

痛々しい傷跡が残るなまえを見ていられなくて手当をしようとしたものの、他人はおろか自分の怪我すらまともに治療したことのない俺の手当はお世辞にも上手とは言えなくて。
それでも不器用に巻かれた包帯を見て、なまえが吹き出すように笑みを零したことが嬉しかった。

「天元に手当してもらうの、初めてだね」
「手当自体初めてしたわ。俺には向いてねぇ」
「慣れれば簡単だよ」

まだ表情に硬さは残るものの、なまえの顔色が少しだけ明るくなったことに安堵する。

なまえ
「なに?」
「⋯助けられなくて悪かった」

そんなことをして己の不甲斐なさが許される道理もないけれど、言わずには居られなくて、向かい合って頭を下げた。
床に着くほど下げた頭の上で、なまえがフッと息を零す声が聞こえた。

「天元のせいじゃない」
「いや、でも⋯」
「いつかこうなるかもしれないって、お父さんはいつも言ってた」

なまえの言葉に顔を上げれば、悲しそうに微笑むなまえが俺を見つめていた。

その瞳に映るのは、怒りでもなければ恨みでもない。
ただ静かに自分の運命を受け入れる、覚悟とも諦めとも言える色を浮かべた瞳でなまえが言葉を続ける。

「いつか殺されるだろうって言ってた」
「⋯⋯」
「わかってたの、こうなるかもしれないって。だから天元が気に病むことないんだよ」

そう言って視線を落としたなまえの諦めを滲ませた暗い表情に息苦しさを感じて、思わずその腕を掴んだ。

「逃げるぞ、なまえ

真っ直ぐに瞳を捉えて、きっぱりと告げた。

何もかも奪われて見る影もないほど傷つけられて、それでも変わらずに接してくれるなまえを見てようやく、自分の中でずっと燻っていた想いが何なのか気が付いた。

「天元⋯」
「今すぐここを出る」
「天元!」

そう言ってなまえの細い腕を掴んだまま立ち上がろうとした俺を、なまえが声を振り絞って制する。

あまりに必死なその声に思わず足を止めて、目線より遥かに低い位置にあるなまえを見下ろす。
俯いたなまえの表情は読めない。

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