yumekago

虹色のナラタージュ 第1章

「天元様!」
「まきを、どうした?」

一週間に渡る任務を終えて家路を辿っていた俺の元に血相を変えたまきをが駆け寄ってきたのは、弟が家長となってから半月ほど経った頃だった。

青ざめた顔で息を切らしながら駆けてきたまきをに戸惑いながらその顔を覗き込むが、まきをはそれを振り払うように首を振って声を振り絞る。

なまえさんが⋯」
なまえなまえがどうかしたのか?」
なまえさんの家が襲われて、それで⋯」

何が起きたのか理解するには、その言葉だけで十分だった。

息の整わないまきをに「先に行く。お前は休んでろ」とだけ告げると、額当てを結び直して里へ向かって走り出した。

里の外れに着いたと同時に見えたなまえの家はすでに焼け落ちていて、煤だらけになった須磨と雛鶴が涙目で焦げた家屋の残骸から人影のようなものを引きずり出そうとしているのが見えた。
おそらくなまえの父だろう。

呆然と立ち尽くした俺に気付いた雛鶴が「早く屋敷へ!」と叫ぶ声に意識を取り戻して、無理やり身体を動かす。

屋敷の敷地内へ足を踏み入れた瞬間に、なまえの音を察知する。
不穏な音色のそれに言い様のない違和感と焦燥感を覚えて、なまえの音がする方へ向かう。

「ー⋯」

逸る気持ちを抑えて足早に廊下を進み、音の聞こえた部屋を特定して息を呑む。
その部屋の主が頭に浮かんで、襖を開けることを躊躇いながらも、中から2つの音がすることに居ても立っても居られずに襖に手をかけて一気に開いた。

「っ」

開けた襖から漂ってきた、室内に充満する熱っぽい空気と爛れた匂い。
見なくてもわかる、男女の営みが行われたあとの独特な雰囲気に、ここで何が行われたのか一瞬で理解した。

目を背けたくなる気持ちを抑えて室内に視界を走らせれば、片隅に横たわるなまえの姿が見えた。

意識を失っているのだろうか、即臥位のままグッタリとして動かないなまえの衣服は原型が残らないほど無残に引き裂かれて、傷一つなかった肌には無数の傷跡が浮かんでいる。

破かれた衣服から覗く脚の間から血と白濁した液が混じり合って垂れているのが見えて、金棒で殴られたように頭が真っ白になって目眩がした。

「⋯何か用か?」

立ち尽くす俺に冷めた目を向けて、壁に背中を預けて事も無げにそう尋ねてきた弟に血走った視線を投げる。

なまえは忍じゃねぇだろ!」
「この里の人間をどうしようと俺の勝手だろう」
なまえの父親はどうした」
「殺した。家も燃やした」
「頭沸いてんのかテメェ」
「それはお前の方だろう。どうせ手に入らないなら、誰かに奪われる前に消すべきだ」

冷淡に言い放たれたその台詞に言葉を失う。
なまえへしでかした仕打ちを隠すことなく顔色一つ変えずに明かす弟に心底吐き気がして、あまりの憤りで飛びそうになる理性を必死に手繰り寄せる。

感情のない目でこちらを見据える弟を無視して一歩部屋に足を踏み入れた瞬間、弟の冷酷な声に制される。

「俺が入室を許可したか?」
「ー⋯」
「家長の部屋だぞ」

微動だにせず挑発するような目で見上げてくる弟に掴みかかりそうになる衝動を必死に抑えて、深く息を吸い込んで足を止める。

「家長の命に従わないなら、お前を殺す。嫁も処分する」
「っ⋯」

弟の冷めた目と淡々とした口調は、それが強い意思であることを告げている。
俺が一歩でも動けば隠し持った武器で瞬時に俺の喉を掻っ切って、まきをや雛鶴や須磨を無感情に殺すだろう。

殺すだけならまだマシだ。
最悪、ギリギリの状態で生かされて、死ぬまで里の男共の慰み者にされる可能性すらある。

俺一人の命ならいくらでもくれてやる。

だけどー⋯。

ーガンッ!!

募る焦りと苛立ちを自分で諌めることもできず、眉間を固く寄せて目を閉じると拳を壁に叩きつけた。
固く握りしめた拳から垂れた血が腕を伝って畳の縁に落ちる。

己の無力さをいくら呪っても、無能な己をいくら責めても、なまえのかつての日常を取り戻すことはおろかなまえをそこから救い出すことすらできなかった。

Other Books of Uzui Tengen