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まちがいさがし 第2章

胸ポケットにしまったハンカチをなまえに返すタイミングを窺っていたけれど、常に生徒に囲まれているなまえにそんな隙はあるはずもなく。

諦めて食堂で煉獄達と昼飯を食べていたときだった。

聞き慣れた声が少し離れたテーブルから聞こえて顔を上げた。

視界が捉えたのは、テラス席で女生徒に囲まれてお弁当を広げているなまえ
そこそこ距離はあるものの、女生徒の声が大きいから会話が聞こえた。

「あれ?なまえちゃんご飯は?」
「今日忘れちゃって⋯」
「おかずだけって!ウケるー」
「可哀想だから、ちょと分けてあげる」
「えっ、そんな、いいよ!育ち盛りなんだから食べないと」
「今ダイエット中なのー」
「私も。彼氏に太ったって言われてさー」

ひっくり返した弁当箱の蓋の上にドサドサを白米を乗せられているなまえに、まさかと思い至る。

あのおにぎりはやっぱり昼飯だったんじゃねぇか。

「不死川?」
「!」

なまえをじっと見据えていたら、向かいに座って「うまい!うまい!」と騒がしく飯を食べていた煉獄が不思議そうな顔をしている。

「どうかしたか?」
「いい女でもいたか?」
「⋯何でもねぇよ」

煉獄と宇髄に顔を覗き込まれて、視線を逸らす。

動揺する心を隠すように胸ポケットを拳で押さえて、再び箸を動かした。

ーガラッ

「失礼します」

下校時間を過ぎた頃、俺はなまえのいる教科準備室の扉を開けた。

「不死川くん」

初めてここを訪れた俺を見て、机に向かって書き物をしていたなまえが驚いたように顔を上げた。

「珍しいね。授業でわからないところあった?」
「いえ」
「じゃあ何か用事⋯?」
「いや⋯、その」

座ったままのなまえに歩み寄ったはいいものの、何と言おうか迷って言葉が詰まる。

「⋯とりあえず座って。お茶淹れるね」

壁際に置かれた机に案内されて、言われるがままパイプ椅子に腰掛ける。

「はい」
「ありがとうございます」

こうして向かい合って座っていると、ファミレスで食事をしたときのことを思い出す。

あの時はなまえの穏やかな笑顔に苛立ちを感じていたのに、今はこの笑顔をずっと見ていたいとさえ思う。

「何かあった?」
「あー⋯」

本当は食堂での会話を問い詰めて、余計な気を回さなくていいと言うつもりだった。
けれど、問い詰めるでもなく静かな口調で尋ねるなまえを見ていると、そんな気持ちがどこかへ吹き飛んでしまって。

「⋯おにぎり美味かったです」
「ほんと?」

話題を変えて感想を告げると、なまえの顔がパッと明るくなる。

「良かった、食べてくれたんだね」
「ハンカチは洗って返します」
「えっ、いいよ。そんなの」
「いえ、悪いんで」

慌てるなまえを放って、お茶を一口啜る。
気のせいか、お茶まで美味く感じる。

「⋯あの握り飯、何かコツでもあるんですか?」
「え?」
「なんか、すげぇ美味かったんで」
「お米も具もスーパーで売ってるものだし⋯お米も炊飯器で炊いたものだけど⋯」
「じゃあ握り方がいいんですね」
「⋯そんなに美味しかった?」
「はい」

正直に答えた後、なまえの気配が少し近くなった気がして顔を上げた。

「っ」

少し身体を乗り出して瞳を輝かせるなまえに、思わず息を呑む。

「また作って来るね」
「あ、いや、そんなつもりじゃ」
「そんな風に言ってもらったの初めてだから嬉しいの」

頬を染めて照れ臭そうに笑うなまえに、胸がドクンと跳ねる。

「⋯作ってもらうのは悪いんで、教えてください」
「えっ」
「美味い飯の作り方、教えてください」

視線を逸らしてぶっきらぼうにそう言った俺に、一呼吸おいてからなまえは大きく頷いた。