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まちがいさがし 第2章

家での一件があってから、なまえへの警戒心が一気になくなった。
我ながら単純だとも思うが、思春期のガキの心なんて些細な出来事でコロッと寝返るもんだと開き直ることにした。

「おはよう、不死川くん」
「おはようございます」

通学路で鉢合わせたなまえに声をかけられ、振り返る。

風で舞う髪を手で押さえながらニコニコと屈託なく笑うその顔に、少しの間目を奪われた。

「不死川くん、朝早いんだね」
「下の弟を保育園に送ってるんで」
「そっか⋯」

視線を落として言葉を詰まらせるなまえを横目で見ていると、そんな気を遣う必要なんてないのにと思う。

父親がアテにならず母親が必死で働いているなら、その母親を助けるために家事や育児を手伝うのは長男である俺の勤めだ。
それを辛いだとか不幸だとか思ったことはない。

だから、偉いとか頑張ってるとか言われると虫酸が走る。

ありきたりなそんな台詞を、なまえも言うのだろうか。
そんなことが頭を過ぎるが、なまえは何を言うでもなく静かに隣を歩いていた。

時折風に揺れる髪からいい香りが届いて、妙に落ち着かない。

思わず逃げ腰になって数十メートル先に見えたコンビニを指して告げる。

「俺、コンビニ寄るんで」
「朝ごはん買うの?」
「え、⋯そんなとこです」
「良かったら、これ食べない?」

そう言ってなまえがカバンから取り出したのは、布に包まれた物体。

「おにぎりなんだけど」
「でもそれ、昼飯じゃ⋯」
「朝早いと、朝ご飯食べてきててもお腹空いちゃうじゃない?」
「まぁ⋯そうですね」
「そういうときのために持ってきてるの」

「だから、ね?」と差し出されたそれを受け取っていいのか考えあぐねていたものの、なまえに半ば強引にそれを押し付けられた。

「嫌いな味だったら捨てちゃっていいから」
「いや、でも」
「それじゃ先に行ってるね!」

そう言うとなまえはスカートを翻して、弾むように学校の方へ歩いて行った。

道路に一人残されて、渡された包みを見る。
空腹なのは事実だし、家計を助けるためにバイトしてる俺には正直ありがたかった。

でもこんな風に他人に親切にされることは慣れなくて、なんだか居心地の悪さを感じる。

そのままコンビニにも学校にも直行する気にならず、近くの公園に寄ってベンチに腰を下ろした。

まだ通学時間には早いせいか、公園には犬の散歩をしてる老人くらいしかいなくて、ヨボヨボと歩く爺さんと犬を見ながら包みを開けた。
2つ並んでいる少し小ぶりなおにぎりを手に取って、頬張る。

「⋯うめェ」

思わず声が漏れる。

塩気も米の固さもちょうど良くて、入っている具は自分が作るときと同じはずなのに、この違いは何だ。

朝食は食べてきたというのにあっという間に2つ食べ終えて、おにぎりを包んでいたハンカチを畳むと横になった。