傷下の秘め事
「⋯どっちも違うよ」
「ん?」
「防御できてないわけでも、隊服が悪いわけでもない」
原因は自分でわかってる。
それを実弥に言うつもりなんてなかったけれど、こうして気を揉ませるくらいなら正直に話した方がいいのかもしれない。
それでも若干の居心地の悪さを感じて、少し実弥から距離を取ると顔を背けたまま続けた。
「顔よりも、身体を怪我したくなかっただけ」
守るべき箇所の順位が、顔よりも身体の方が勝っていたというだけのことで。
顔を守ることは二の次だったから、顔の傷が増えていたに過ぎない。
「⋯なんでだ?」
実弥が心底わからないと言わんばかりに眉を寄せて首を傾げている。
密かに心の内に秘めていたこんな想い、言うつもりはなかったんだけど。
口から出てしまったものはもう誤魔化しようがない。
ほんのわずか、居住いを正すフリをして実弥からさらに距離を取る。
コクリと唾を飲み込むと、次の言葉を静かに待つ実弥から視線を外して、布団の柄を見つめた。
「⋯実弥が、見るから⋯」
「⋯は⋯?」
蚊の鳴くような声で呟いた言葉は、実弥に聞こえただろうか。
そう思ったらたまらなく恥ずかしくて、キュッと結んだ唇を隠すように両手を合わせて口元を隠すと瞳を閉じた。
頬が熱を持っているのは触らなくてもわかるし、きっと耳まで真っ赤になっているのだろう。
「顔も腕も、他の人に見られるし触られるけど、身体は実弥しか見ないし触らないでしょ⋯」
顔の熱が脳にまで回ってきたかのように、頭がボウっとしてくる。
なんだかとてつもなく恥ずかしいことを口にしているような気がするけれど、一度走り出してしまった言葉は止まってくれない。
一度言葉を切って再び唾を飲み込むんで、ゆっくりと口を開く。
「⋯実弥のために、綺麗にしてるの」
呆れられるほど念入りに、しつこいほど丁寧に手入れするのも、全部そのため。
実弥だけが触れるところは、実弥だけに見せるところは、いつだって一番綺麗にしていたい。
他の誰かの記憶の中の私は、傷だらけだって血だらけだって構わないけれど。
いつか実弥の記憶の中だけに私が存在するようになったときに思い出してもらう私は、実弥だけが知っている綺麗な私がいい。
他の人も知っている私じゃなくて。
あなただけが知っている、私がいいの。
熱を持って火照る頬を抑えながら振り絞るように伝えた言葉を、果たして実弥は理解してくれただろうか。
話すことに必死だったけれど一言も発さない実弥に気付いて不安を覚える。
何度か躊躇いながら、それでも心配が勝って、俯いた顔をわずかに持ち上げて髪の隙間からそっと実弥を覗き見た。
「ー⋯」
恐る恐る上げた目線の先には、顔から耳まで真っ赤にして視線を彷徨わせている実弥。
眉間に皺が寄ってはいるものの、不機嫌な色は見えない。
口元を手の甲で抑えているのは、彼なりの照れ隠しなのだろう。
「⋯実弥?」
思いも寄らなかったその顔に、先程までこちらが羞恥心でいっぱいだったことも忘れて名前を呼ぶ。
その声に、実弥がハッとしたようにこちらを見た。
「見んじゃねェよ」
「⋯照れてる?」
「⋯クソッ」
「っ」
実弥が小さく舌打ちをしたかと思ったら、次の瞬間には布団に組み敷かれていた。
バツが悪そうにむくれた相貌で私を見下ろす実弥が、それでも心做しか嬉しそうに見えるのは気の所為だろうか。
言葉も交わさずに、互いに染まったままの頬で視線を絡ませて、ゆっくりと降りてきた唇を大人しく受け入れた。
瞳を閉じて、実弥の薄い唇から伝わる熱をただ感じていた。
触れるだけの口付けを数回交わして、実弥がゆっくりと顔を離す。
それに従って静かに視線を上げると、熱に浮かされたような濡れた瞳が私を捕らえる。
きっと他の誰にも見せないであろう、優しく微笑む実弥の姿にまた胸が激しく鳴り出す。
深い夜空のような瞳は濡れて輝いていて、それに見惚れていたら胸元からスルリと手が入ってきた。
止める気などほとんどないくせに、さも理を弁えているかのように薄っすらと白んできた障子の外へ視線を走らせて口を開く。
「⋯もう夜が明けるよ」
「ちょうどいいじゃねェか」
「⋯ちょうどいい?」
「俺のための身体なんだろォ?全部見せろや」
そう言うが早いか、実弥はあっという間に帯を解いて着物を左右に開いた。
朝ぼらけのぼんやりとした仄暗い空間とは言え、一人肌を露わにしていることに戸惑って思わず胸元を手で隠そうとしたけれど、隠すよりも早く実弥に腕を掴まれて布団に縫い付けられる。
「隠すんじゃねェ」
「っ⋯」
「全部見せろ」
外気に晒された肌に、実弥の唇が降ってくる。
触れたところが熱を持って、止める術もないまま全身へ広がっていく。
「死んでも覚えててやらァ。だから」
「⋯?」
「この身体も、その表情も、俺以外に見せるんじゃねェぞ」
魂まで縛り付けるような独占欲に満ちたその台詞さえ嬉しくて心が震えるなんて、私はおかしいのだろうか。
でも、あなたの中で生きていけるなら何だっていい。
その想いの前には言葉はあまりにも陳腐で、言葉の代わりに実弥の身体に手を回して引き寄せる。
首にしがみつくように頭を寄せて、深くコクンと頷いた私の耳元で、実弥が喉を慣らして笑う声が聞こえた。