yumekago

傷下の秘め事

まったく、ひどい目にあった。
憤慨しながら浴室を出て、軽く身体を拭いて着流しを着ると実弥が出てくる前にさっさと寝室へ移動した。

鏡台の前に座ると、化粧水を手にとって全身に万遍なく広げていく。
着流しの帯を緩めて、柔らかい匂いのする少しヒンヤリとしたそれを、胸元や腹部はもちろんのこと、裾を捲し上げて腿や臀部にも塗る。

化粧水を塗り終えたら次は乳液だ。
最近ご婦人方の間で流行っているという乳液はほんのりと花の香りがして肌によく馴染む。

念入りに手入れをするこの時間が好きだった。

「なんで顔にはやらねぇんだ?」
「っ!」

手入れに没頭していて気付かなかった。
突然後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向いたら、いつの間にか実弥が布団に寝転びながらこちらに視線を向けていた。

「実弥⋯いつからいたの?」
「結構前から」
「そう⋯」

驚きで波打つ心臓を鎮めて平静を装いつつ、再び視線を鏡台に向けた。

「なァ、なんでだ?」

流そうと思っていた問いかけを再び投げられる。
聞こえなかった振りをしたところで実弥から詰られるだけだと察して、横目で実弥のいる方へ視線を投げて答える。

「別に⋯顔にもしてるよ」
「他のとこより手ェ抜いてるだろ」
「⋯⋯⋯」

鏡越しにこちらを眺めている実弥と目が合う。

なんでそんなことまでわかるのだろう。
感心するべきか恐れるべきかどういう反応が正しいのか最早わからないけれど、こんな人が上司だったら大変そうだなとぼんやりと思った。

髪にも香油を軽くつけて梳かしながら乾かしてゆく。
意識を髪に集中させて、毛先に入念に塗り込んで全体を櫛で梳かせば行灯の灯りに反射して艶が広がる。

実弥は何を言うでもなく、ただ寝転んだまま手入れを続ける私を眺めている。
男性には縁のない、肌や髪の手入れが物珍しいのだろうか。

「顔の怪我もちゃんと手当しろよ」
「⋯⋯」
「おい、返事」
「⋯実弥がやって」
「は?」

目線は肩下の髪に落としたまま、暇そうに寝転んでいる実弥に言葉を返す。

「自分じゃよく見えないし。実弥がやってよ」

自分の怪我のくせに居丈高にそう言い放った私を実弥は暫し目を丸くさせて見ていたが、一度目を閉じてフゥと息をつくとのそのそと起き上がった。

「⋯ったく。ちょっと待ってろォ」

実に面倒くさそうに立ち上がっておそらく救急箱を取りに行った実弥の背中を鏡の中から見つめて、私は密かに笑みを零す。
なんだかんだ、実弥は面倒見がいいのだ。