yumekago

傷下の秘め事

「うー⋯染みる⋯」

湯気を立てる湯船へ身体を沈めると、顔や腕にできた傷がお湯に反応してピリピリとした痛みが込み上げてくる。
傷ができる瞬間よりも、この瞬間の方が痛いと思うのはなぜだろう。

身体を洗うときは、怪我の部分をうまく避けながら傷と傷の間を縫うように洗えば痛みはさほど感じないけれど、湯全体で身体を包まれると逃げ場がない。
しかめっ面を浮かべながら傷口から伝わる痛みとお湯の心地良さに浸っていたときだった。

ーガラッ

「!」

突然浴室の扉が開いたと思ったら、手拭いを腰に巻いただけの実弥が入ってきた。

「ちょ、ちょっと!」
「なんだよ」
「なんで入ってきてるのよ!」

痛みも忘れて、頭に乗せていた手拭いを引っ張り下ろすと身体の前でギュッと腕を閉じる。
湯船に浸かっているのだから丸見えになっているわけではないとは言え、こんな明るさの下で堂々を身体を晒すのは恥ずかしい。

「別に今更隠すこともねェだろ」

事も無げにそう言ってのける実弥に、浴槽の淵から顔だけ出して非難めいた視線を送る。
恋人だとしても、身体を知られていたとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

出て行こうにも扉の前で立ちふさがるようにされてはそれも叶わない。
動けずにいる私は、浴槽から顔だけ出して不服を唱えた。

「実弥のバカ!」
「あァ?」
「スケベ!」
「テメェ⋯」

子ども染みた悪口にわずかに青筋を浮かべた実弥は、頭からかけ湯をすると濡れた髪を掻き上げながら躊躇いもなく浴槽に入ってくる。

「ちょっ⋯」

すでに隅で縮こまっていた私にそれ以上逃げ場はなく、せめてもの抵抗で実弥に背中を向ける。
前を見られるよりは幾分かマシだ。

「こっち向けよ」
「⋯いや」
「他に怪我してねぇか確認するだけだ」
「してないもん」
「見るまで信用しねェ」

そう言われても、はいどうぞと身体を晒すのは抵抗がある。
隠す手立てが手拭いだけというのはあまりにも心もとないし、例えそれで隠したところで濡れて透けている手拭いが身体にピッタリと張り付いているのは逆に厭らしい感じがする。

「とにかく、大丈夫だから」

実弥の視線を首元に感じながら、もういっそ浴槽と一つになるんじゃないかというくらいまで浴槽に身体を寄せる。
髪を結っているせいで首元が露わになっていて、そこに実弥の視線が注がれているのがわかる。

「首はねぇな」
「だから大丈夫だって言⋯っ!」

そう言って逃げようとしたら背中をツイと撫でられて、予想だにしなかった刺激に思わずビクリと身体を震わせた。

「やっ⋯」
「⋯背中も、ねぇか⋯」

背中に触れた実弥の指は次第に数を増やし、掌全体で探るように背を這う。
くすぐったさを感じながらもどこか色を帯びたその行為に、思わず手で口を抑えた。

背後で実弥がフッと笑う音が聞こえて、耳元で囁かれる。

「⋯感じてんのか?」
「っ」

低い声でわざと吐息がかかるように耳から入ってきたその響きに、瞬時に身体が熱を持った。
それを見た実弥が面白そうにククッと息を漏らした瞬間。

ーバシャッ!

「ぶっ」
「⋯バカッ!変態!」

振り向くと同時に思いっきり実弥の顔面目掛けてお湯をかけると、実弥が目を開けるよりも早く浴室から飛び出した。