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背中合わせの恋煩い 第4章

翌朝、宿の者に見送られながら再び家路を急ぐ。

歩きながらふと、そういえば蝶屋敷で世話になっていた期間、胡蝶がほとんど毎日様子を見にきてくれていたことに気付く。
柱である胡蝶がそれほどの間在宅しているのは珍しいことだ。

鬼の出現が減っているのか?

それならそれに越したことはないが、昨日の商人達の話を聞く限りでは鬼は度々現れていると思うのが自然だ。

「うーん⋯わからんな!」

疑問は残るものの、人々の生活が安全に保たれているのであれば何をする必要もなく、それ以上考えたところで仕方ない。

休憩を挟みながら気の急くまま歩いて半日ほど過ぎた頃、ふと嗅ぎなれた香りがした。
なまえが作ってくれた香袋の香りに似ている。

あれよりももっと薄くほのかに香る程度ではあるけれど、心地良いこの香りは間違いなくなまえのものだ。

香りの元と辿ろうと思ったが、そこかしこから香りがする。
その状況にしばし首を捻っていたが、ふと思い当たる。

「そうか⋯」

ここはなまえの担当地区か。

家々の軒先に下げられているのは、なまえが配った鬼避けの香袋なのだろう。
春の陽だまりのような、心が安らぐ香りだ。

通りを見渡しても、目に入る家の軒先のほとんどにその香袋が下げられている。

そこから立ち上る香りが町全体を包んでおり、まるで優しく抱きしめられているかのような安心感を覚える。

これが、なまえの守っている町か。
彼女はいつもこの景色を見ているのか。

そんなことがふと頭を過ぎって、胸の奥底に熱が灯る。

今、何をしているのだろう。

友人である胡蝶にすら顔を見せなかったのは、何か理由があったのだろうか。

杞憂ならばそれで構わない。
元気でいるのならそれで良い。

ただ、顔が見たい。

気ばかりが焦って、完治しきっていない肺が普段よりも激しく動作するのを感じながら、ようやく自宅に辿り着く。

門を潜り敷地内に入るが、人の気配はない。
出かけているのだろうか。

「ー⋯」

玄関の扉を静かに開けると、なまえが見送ってくれた日と何ら変わらない光景が目に入る。

土間になまえの履物がないところを見ると、やはり出かけているらしい。

行き違いになっても仕方がない。
待つか。

西日が射す室内にはわずかになまえの香りが残っていて、鼻孔をくすぐる。

自室へ戻り荷を解くと、日差しをたっぷりと吸い込んだ畳に横になる。
い草の良い香りだ。

旅路の疲れもあったのだろう、そのまま深い眠りへと落ちて行った。