まちがいさがし 第6章
「突然帰ってきて教師を辞めたと言い出したと思ったら、子どもができたと。
相手は誰だと問い詰めても頑なに言わなくて⋯主人は不義の子だと決めつけて、怒ってそのまま勘当したんです」
ポツリポツリと語られる真実に、頭を殴られたような衝撃が走って目眩がする。
何度も期待するなと押し殺そうとしていたそれが現実だったなんて。
俺と別れたくて、俺から離れたくて、なまえは逃げるように学校からもあの町からも消えたのだと思っていたのに。
だから無理に追うことも手がかりを見つけることすらも、しなかったのに。
いや、違う。
再び拒絶されるのが怖かっただけだ。
見つけ出して、追いかけて、ありったけの感情をぶつけて、その答えが拒絶だったらと考えると足が竦んで動けなかった。
温かいあの笑顔はすべて偽りで、再会して凍りつくような目で拒絶されたらと思うと、鎖で雁字搦めにされたように一歩も踏み出せなかった。
臆病な俺は、そうやってずっと逃げていたのに。
「お孫さんにお会いになったことは⋯?」
「ありません。生まれた後、主人のいない時間に電話をもらったっきりで」
「それ以来連絡は⋯?」
「毎年私達の誕生日に贈り物が届くんです。でも住所は書かれていなくて⋯」
「そうですか⋯」
「⋯主人もね、娘のくれた物を眺めながら寂しそうな顔をするんです。きっと後悔してるんでしょうね。どうしてあの時、身重のあの子を放り出してしまったんだろう、って⋯っ」
母親が声を震わせてそう絞り出すように呟くと、伏せた瞳から涙がポロリと溢れる。
溢れ落ちる涙を拭いもせず、肩を震わせている。
「今なら思うんです。相手が誰でも、娘が決めたことなら最後まで見守るべきだった、って⋯」
「⋯⋯⋯」
「一人なら尚更、親が手を差し伸べないといけなかったのに⋯」
違う。
俺だ。
俺の所為だ。
相手が未成年じゃなかったら、生徒じゃなかったら、自立してる大人の男だったら、そんな道を選ぶことはなかったのに。
両親にも祝福されて、子どもを連れて堂々と里帰りして、平凡などこにでも居る幸せな家庭を築くことができていたのに。
なまえを一人にさせたのも、目の前で泣く母親に苦しい思いをさせているのも、父親を誤解させて娘を追い出す真似をさせたのも、全部俺だ。
そう自覚するほどに嫌悪感と吐き気が込み上げてくる。
バットで殴られたかのように痛む頭と止まない目眩を必死で堪えて、言葉を絞り出す。
「⋯すみません」
「え⋯?」
「今日はこれで失礼します」
「あ⋯、ごめんなさいね、みっともないところを見せて⋯」
「いえ、また日を改めて伺わせてください」
そう言って深々と頭を下げると、母親は「ええ、いつでも」となまえとよく似た柔らかい笑顔を返してくれた。
重い身体を無理やり引っ張り上げるようにして立ち上がり、部屋を出る。
涙を拭いながら玄関先まで見送ってくれた母親にもう一度頭を下げると、なまえの生家を後にした。