まちがいさがし 第5章
「鞄も渡したし、帰るとするか!」
「じゃあな」
「あ!鞄の中になまえ先生からの手紙を入れておいたぞ!」
「は?」
帰り支度を始めた煉獄が無邪気に投下した言葉に、慌てて放り出した鞄を拾い上げる。
「クラスの一人一人に手紙を残してくれたんだ!
別れの挨拶が出来なかったのは残念だが、先生の気持ちに報いないとな!」
それだけ言って煉獄は颯爽と帰って行った。
見送りもそこそこに、逸る気持ちを抑えて鞄の中から白い封筒を取り出すと、「何ー?」と覗き込んでくる弟たちから逃げるように自室へ移動した。
震える手で封を開けて、丁寧に折り畳まれた便箋を開く。
『突然のことでごめんね』という書き出しから始まった手紙。
見慣れた綺麗な文字が整然と並んでいて、確かになまえが書いたものだと実感した。
受験を控えた時期に突然学校を辞めて申し訳ないということ、学校生活は本当に楽しくて忘れられない思い出であること、これから目標に向かって精一杯力を尽くして欲しいということ、当たり障りのない文章の後に。
最後に短く書かれた言葉。
『私のことは忘れてください』
インクが落ちたように線が太くなっているその一文に、枯れたと思っていた涙が再び込み上げてきた。
できるわけねェだろ。
忘れることなんて、できるわけねェ。
若気の至りだとか一時の気の迷いだとかそんなんじゃねェんだ。
俺がなまえを好きになったのは、勢いとか軽はずみとかじゃねェ。
恋に落ちたときより、想いを告げたときより、今の方がずっと好きなんだ。
顔を見るたびに、声を聞くたびに、触れるたびに、リミッターが壊れたみたいに気持ちは募っていっていく一方で。
自分でも制御できない想いはいつかなまえを跡形もなく飲み込んでしまいそうで。
自力でどうにかできるなら、暴走しそうな感情を止めたいと思うほどに、なまえに囚われていて。
今だって、無機質な紙に並んだ文字でさえ、愛しく思えてくるんだ。
なまえを形作るものも、なまえが紡ぎ出すものも、全部が俺の心を縛り付けていて、そこから一歩も動けなくなる。
先生なら教えてくれよ。
どうやったらこの気持ちを忘れられるんだ。
教えてくれよ。
「なまえ⋯」