路地裏のキンモクセイ 第3章
一通り露店を見て回ると、日が西に傾き始めていた。
ポツポツと提灯に灯りが灯され、昼間とは違った華やかさが漂う。
「きれいですね⋯」
独り言のように呟かれたなまえの言葉。
提灯の灯りに照らされながら、揺れる灯りの中に佇む彼女は何を思うのだろう。
「なまえ──⋯」
どこか遠くを見つめているような目は彼女の頬に深い影を落とす。
その姿があまりに頼りなくて、カカシは自分の腕の中になまえを閉じ込めたいという衝動に駆られた。
しかし
「カカシさん、お腹空きませんか?」
不意になまえがパッと顔を上げ、カカシにそう尋ねた。
「え、あぁ、うん、そーね⋯」
ほぼ無意識に伸ばしかけた腕は不自然に空中で止まり、カカシはボーっとする頭でかろうじてそう答えた。
「じゃあ、私何か買ってきますね!カカシさんはここで待っててください」
これお願いできますか?と金魚のビニールをカカシに手渡し、タッと走り出したなまえに
「一人でだいじょーぶ?」
と声をかけると、カカシの頭につけられているお面を指しながら
「それを目印にします」
と笑って言うと、人波に消えて行った。
まぁ今日一日歩いて慣れただろうし大丈夫か⋯と、カカシは素直になまえの帰りを待つことにした。
「これで足りるかな⋯」
両手に焼きそばやらタコ焼きやらお好み焼きやらを抱えて、なまえはカカシのいる場所へ急ぐ。
途中、走ってきた子どもにぶつかりそうになり慌てて避けると、両親らしき人が小走りで駆け寄ってきて頭を下げた。
「気にしないでください」と手を振って、そのまま人混みに消えていく家族の後ろ姿をしばし眺めていた。
こんなに賑やかで、幸福感に満ちた場所で、当たり前のように自分が溶け込んでいることがなまえには奇跡のように思えた。
穏やかな時間。
温かい場所。
それを与えてくれた人。
初めて感じる胸の高鳴り。
普通の、ごく普通の女の子のように過ごした日々。
その奇跡に、収穫祭の終わる3日後には、例えこの里を離れなければいけないとしても
その後何があったとしても
生きていける気がした。
「あ、カカシさん!」
人混みの中に自分が選んだお面が見え、なまえはそのお面を目印に少し小走りで彼の元へ向かった。
パタパタとお面の主の元へと走り寄って、乱れた息を整えながら
「すみませ、ん⋯」
お待たせしちゃって、と顔を上げて言いかけたなまえの言葉が途中でかき消えた。
「久しぶりだな」
──ドクンッ⋯
その声に、心臓が激しく動悸する。
お面を外しながら距離を詰めてくるその人物に、なまえは微動だにできずただ立ちすくんでいた。
「ずいぶん楽しそうじゃないか、なまえ」
「──っ!!」
その声に、ねめつけるような視線に、全身に刃物をつきつけられたような恐怖を感じる。
うまく息ができない──。
「なまえ、わかってるよな?」
耳元で囁かれた声は、耳を伝って直接脳に響き渡る。
「逃げ出す悪い子には…お仕置きしなきゃなァ」
「っ!!」
全身がガクガクと震え出し、かろうじて立っているなまえに男は畳みかけるように言葉を繋ぐ。
「でもオレも鬼じゃない。なまえ、お前にチャンスをやろう」
動くことも声を出すこともできないなまえの周りを徘徊しながら男は続ける。
「はたけカカシだ」
「──⋯!」
「あいつは木ノ葉きっての優秀な忍だ。例え死体でも高く売れるだろうな。
偶然か計画かは知らないが、よく取り入ったな」
「っ⋯」
「あいつは今油断している。そう時間もかからないだろう」
「刃向かったらどうなるか、わかってるな?なまえ」
なまえのこめかみから流れた汗が顎を伝って地面に落ち、じっとりと昼間の熱を放出している地面に黒く染みをつくる。
「期限はあと3日だ」
それだけ言い残すと、男は人混みの中へ消えて行った。
声を張り上げないと隣にいる人に声も届かない喧騒の中に居るのに
その喧騒が遥か彼方に聞こえる。
対岸から眺めているような、決して届かない場所に一人だけ置いていかれてしまったような、孤独。
「わ、たしは⋯」
──私は、人を護れる人になりたい。
それは、音にならない声で紡がれた本音。
──何も奪わない、何かを与えられる人になりたい。
壊すんじゃない、人を護り慈しめる人になりたい。
憎むのではなく、人を愛することができる人になりたい──。
だけど──⋯。
だから──⋯。